仁淀ブルー通信編集部だより(84)

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みなさんこんにちは!
 仁淀ブルー通信の19回目に、編集長と新春釣りバカ対談でお話させていただいたご縁をきっかけに、今回から編集部員として参加させてもらいます松浦です。

 上の写真に写っている色白の可愛い男の子は、半世紀あまり前の私です。(ちなみに後ろに写っている色黒の可愛くない女の子は妹です。ゴメンナサイ)
 父が転勤族だった関係で、小学校の低学年を佐川町で過ごした私にとって家のすぐ裏を流れる仁淀川支流の春日川は、川遊びの入門道場でした。
 今は、コンクリートで固められて殺風景になってしまった春日川も当時は、岸辺は土手に囲まれ、川の中も瀬あり淵ありと変化に富んで、フナやハヤ(オイカワ)ばかりでなく、ウナギやナマズもたくさんいました。

 小学校に入ったばかりの私が初めて手にした竹竿で、フナを釣り上げた時の感動は、いまだに手の中に残っています。以来、年を重ねても、対象魚がアユやアメゴに変わっても、この時の感動を追い求めてせっせと川に通い続けています。

 この連載では、時には昔にタイムスリップし、県下の他の川にも視点を移しながら、私の半世紀あまりにおよぶ川遊びから見えてきた色々な風景をみなさんにお伝えしようと思っています。
 どうかよろしくお付き合いください。

(仁淀ブルー通信編集部員 松浦秀俊)

仁淀ブルー通信編集部だより(83)

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 東京時代、友人からもらった有精卵を自宅で孵して育てたニホンイシガメ2匹。それを飛行機に乗せて一緒に高知に移住してきたのが5年前。でも、3年前の真夏の昼下がり、空水槽に入れて日光浴をさせていて回収が遅れ、熱射病で2匹とも殺してしまう事故がありました。そのトラウマを振り切って連れ帰ったニホンイシガメでした。
 イシガメはカメの中では比較的人に慣れやすいので、前と同じように友達になれると信じていたのですが…。「野生」というのはそんな人間の安っぽい感傷を寄せ付けない厳しいものだったな、というのがカメを川に帰したあとの今の心境です。「今ごろどうしているかな」と、同じトラウマに悩んでいるうちの奥さんとふたりで思いをはせています。

(仁淀ブルー通信編集長 黒笹慈幾)

仁淀ブルー通信編集部だより(82)

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毛ばりに飛び出してきた大アメゴを、大格闘の末にランディング・ネットにすくって一息つき、足を水につけたまま水中から顔を出している大石に腰を下ろす。心臓の鼓動がおさまり、耳に届く沢音のボリュームが徐々に上がってくる。カジカガエルの「コロコロコロ」の鳴き声が「オミゴト、オミゴト、オミゴト」と聞こえてしまう(笑い)渓谷の昼下がり。目撃者のいない至福のひととき、と思いきや、ふわりと鼻をかすめるかすかな花の香。見上げると、小さな紫色の花をいっぱいにつけた花房が薫風に揺れて私を見下ろしている。「あれれ、見られていたのか」ってな感じですかね。仁淀ブルーの水薫るGWの仁淀川支流上八川の里は、そんなステキな時間が流れる桃源郷です。

(仁淀ブルー通信編集長 黒笹慈幾)

仁淀ブルー通信編集部だより(81)

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今回から始まった「仁淀ブルーに誘われて~私の高知移住日記」。いろんな個性と人生が登場していきますので、どうぞご期待ください。
さて、この連載の編集後記では、登場人物が移住した地域について紹介していきます。今回は仁淀川町森。合併して仁淀川町が誕生(2005年8月1日)する以前、仁淀村役場があった地区で、一帯では最も早くから人が住み着いた歴史ある集落です。町を流れる清流・長者川にはアユと、夏には川ガキ(川で遊ぶ子供たち)が生息。昭和レトロな雰囲気が残る街並みも魅力的です。高知市街から車で約1時間30分。さらなる情報は、画面右の関連リンク欄「仁淀川町」をクリックしてください。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)

仁淀ブルー通信編集部だより(80)

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アユの遡上を喜んでいるのは釣り人だけではないようです。稚アユの群れを追って1mクラスのスズキが八田堰まで登ってくるそうですし(八田堰とその下流は禁漁区なのでご注意を! )、この日はミサゴ(魚だけを食べるタカ)が上空を旋回。
ときどき狙いを定めるようにホバリング(羽をはばたかせながら空中停止)していましたが、「ちっ、狩るには小さすぎるぜ。アユよ、早く大きくなれ」と、大物を求めて河口へ飛んでいきました。仁淀川の自然は空も豊かですね。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)

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