仁淀ブルー通信編集部だより(203)

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美しい渓谷、天界の集落、里山で受け継がれてきた文化と景観……スポーツバイクで巡るフィールドとして仁淀川流域のポテンシャルはかなり高いのですが、その活用は長らくイマイチでありました。が、「ついに救世主登場!? 」とでもいうべきなのが今回取材した小野義矩さんであります。大都会での7年にわたるスポーツバイクの販売整備や遊び方指南で身に着けた知識と経験はかなりのものだと、私は感じました。彼と組めば、仁淀川流域が「しまなみ海道」に並ぶサイクリングの聖地になることも夢ではないでしょうなあ。

【その後の編集後記】
 小野さんの喫茶店「GOOD FIVE」で珍しいものをいただきました。それがクラフトコーラ。高知県で飲めるのはここぐらいかも? これに関しては楽しみな動きがあると小野さん。仁淀ブルー通信で真っ先に紹介しますね。
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(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)

仁淀ブルー通信編集部だより(202)

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 高知県ではそれほど珍しい野鳥ではないと和田剛一さんは言うけれど、ミサゴは私にとってはあこがれの鳥。夏にいの町や越知町を流れる仁淀川で釣りをしているときにときどき上空を通過するのを目撃しますが悠々と飛翔するその姿は風格があります。ピーヒャラ、ピーヒャラとやたらうるさいトンビとは比べ物にならない。死んだ魚しか拾えないトンビとちがいダイビングで生きた魚を捕らえる「空飛ぶ川漁師」というところもカッコいい。幸運にも去年の夏、越知町のスノーピークキャンプ場のデッキからミサゴのダイビングを見ることができ、私の体の中で「ミサゴ見たい熱」が高まっていたところでした。今回の取材で2度目のダイビングを見ることができ、しかもその瞬間をとらえた撮影の現場に立ち会うこともできて大いに興奮しています。写真は私がバードウオッチングで使う8倍の双眼鏡。小さくて軽く、折りたたむと手のひらサイズになるので持ち運びも苦にならない。デイパックの中に突っ込んでおけば必要なときにすぐ取り出せる。20年以上前のドイツ取材で買ったドイツ・カールツァイス社製で、デザインもよく気に入っています。

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(撮影/中西安男)

 最後に仁淀ブルー通信の読者にクリスマスプレゼント。和田剛一さんの友人で高知在住の動物写真家・中西安男さんの捉えたミサゴの狩りの様子。足にはしっかりアユを掴んでいるのがご覧になれます。

(仁淀ブルー通信編集長・黒笹慈幾)

仁淀ブルー通信編集部だより(201)

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高知県内の仁淀川流域で、四国八十八カ所霊場と遍路道があるのは土佐市だけ。取材中も、土佐市街を歩いていくお遍路さんに何人も出会いました。国道やバイパスから離れると土佐市街には古い家屋がまだ残っていて、白壁の母屋や土蔵に思わず足を止めるお遍路さんも。また、高石郷さんの仕事場(観光案内所)がある土佐市ドラゴン広場(上画像)はお遍路さんの休憩所としても人気だとか。今年の3月からはフリーWi-Fiスポットにもなりました。農産物直売所やフランス料理店、魚屋、食堂で居酒屋、そば職人と野菜ソムリエの店、韓国料理店と6店舗が営業している土佐市ドラゴン広場、お遍路さんに限らず、土佐市に来たならぜひお立ち寄りください。

土佐市ドラゴン広場 Facebook
https://www.facebook.com/doragonhiroba

【その後の編集後記】
 観光振興と移住者というのは、実は相性がいい。地元では当たり前だけど、よそ者には珍しく映るものがけっこう多いからです。高石さんはすっかり土佐市になじんでいるようですが、よそ者の目線を忘れずに、土佐市の魅力をどんどん深掘りしてほしいですね。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)

仁淀ブルー通信編集部だより(200)

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 僕は愛知県から、奥山英治さんは東京から、毎年仁淀川移動水族館のために高知県に足を運んでいる。これは僕たち二人にとってはとっても楽しみなことなんだけど、出来ることなら地元の方(できれば若者)にバトンタッチしたいなぁと思っている。せっかくの手作り水族館だから地元の方が魚をそろえてこそ『おらが川の水族館』になる気がするし、地元に川を知る人材が増えるのは大切だ。もちろんお手伝いはするし、採取のノウハウはすべて伝授するよ。地元で数人の採取チームを作るのもいい手かもしれないね。

(仁淀川移動水族館館長・児童文学作家 阿部夏丸)

仁淀ブルー通信編集部だより(199)

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寺岡さんが移住した越知町は、その大部分が山また山の地域。
都会人が「なぜあんな不便な」と言いそうな山肌や尾根に集落と農地が点在しています。しかし今では過疎が進み、先人たちが手で石を積んで作った段々畑や棚田は、草木に覆われようとしています。それが時代というもの――ではありますが、人間賛歌の風景がまた一つ消えていくのは寂しいことです。
寺岡さんのように高知県の中山間地域で農業するというのは、「この景観が、人間の手と、筋肉と、頭脳だけで作られていった」という記憶を継承していくことでもあるのです。

【その後の編集後記】
 田舎に移住して新規就農というのはハードルが高いものですが、ハーブ栽培を仁淀川流域でというのはさらに難しそう。しかし、何とかなっている、というか寺岡さんはなんとかしているようで、安心しました。やっぱり、大切なのは情熱なんだなあ。越知町の「おち駅」「川の駅おち」を訪れたなら、「寺岡さんのハーブティーありますか? 」とぜひお尋ねください。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)

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