仁淀ブルー通信編集部だより(218)

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2012年は、牧野富太郎生誕150年の節目でした。当時、高知新聞社会部の記者だった私は生誕150年に合わせて連載企画を考えました。小学校中退ながら試験も受けずに東大にもぐりこみ、やがて博士となって、日本の植物分類学の父と呼ばれた。まあ新聞連載にして10回ぐらいも書けば、この人物を伝えることができるだろう。そんなふうに思って、まずは手始めに本人が書いた「牧野富太郎自叙伝」(講談社学術文庫)を読み始めたのですが、これがなんとも痛快で面白いのです。なんて牧野富太郎ってチャーミングなんだ。北海道、仙台、東京、神戸、鹿児島……彼の足跡を追う取材に1年ほどをかけて、新聞連載は70回におよんでしまいました。2022年は生誕160年となります。今回は故郷・佐川の豊かな自然の移り変わりとともに、再び牧野富太郎を旅してみたいと考えています。
※写真は高知新聞の連載をまとめた単行本「MAKINO」(北隆館)。

(高知新聞社学芸部・竹内 一)

仁淀ブルー通信編集部だより(217)

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 今回は仁淀川の水中の春を紹介しましたが、もちろん陸上も春で、仁淀川流域はまるで「桃源郷」。桜だけでなく、花桃や梨などいろんな花が満開です。取材したのは4月5日。もうしばらくは野と山と里で花を愛でられそうです。ちなみに上の画像は佐川町の梨園。白い花の絨毯になっていました。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)

仁淀ブルー通信編集部だより(216)

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 仁淀ブルー通信は新年度、4月以降も続きます。7月には5年目に突入です。これからも仁淀川流域の大自然、遊び、人の物語などをお届けしていきますので、どうぞよろしくお願いします。今回紹介した「によどマッシュルーム」、今後の仁淀ブルー通信で復活を報告できたらいいなあ。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)

仁淀ブルー通信編集部だより(215)

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子どもの頃のなによりの楽しみは、神社や山のところどころに残っている大木の穴を覗いて回ることだった。ムササビや、フクロウやアオバズク、それにまだ一般的ではなかったハクビシンなどを捕まえようと、手をかじられたこともなんどかあった。そのころから比べると、生き物が住めるような古木はずいぶんと少なくなってしまった。写真は、シイの巣穴から顔をのぞかせるオオコノハズク。他にも、コノハズク、ブッポウソウ、アカショウビン、モモンガなど大木に依存する生き物は、けっこう多くいる。

(野鳥写真家 和田剛一)

【その後の編集後記】
和田剛一さんが「切られてしまって残念だった」と書いている越知町のセンダンの木。じつは、このすぐ脇に仁淀川の川漁師・宮崎弥太郎さん(故人)の家がありました。宮崎さんちには私がビーパル編集長時代に出版に関わった『仁淀川漁師秘伝~弥太さん自慢ばなし』(2000年12月小学館刊)の仕事で東京から何度も通いました。その家の脇にこんもりした大木があった記憶がかすかに残っていますが、初夏にその洞でコノハズクが子育てをしているとは当時知りませんでした。「知っていればなあ」と今でも悔いが残っています。写真はその単行本の表紙です。
(仁淀ブルー通信編集長 黒笹慈幾)
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仁淀ブルー通信編集部だより(214)

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「ここしばらくの間、狭く、空気の循環が悪く、人が密な空間は避けて」などと言われています。じゃあその逆の環境へ行けばいい、というわけでもないのですが、仁淀川流域の大自然を目指せば、少なくとも心は健康になれそうです。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)

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