2022.03.25もはや高知の子どもたちのソウルフード!? 仁淀川きくらげのひみつ

もはや高知の子どもたちのソウルフード!? 仁淀川きくらげのひみつ

「いけがわ439直販所」や「村の駅ひだか」など、仁淀川流域の農産物直販所でよく見かける「仁淀川きくらげ」。高知県内90%以上の小・中学校の食育施設で採用される名産品ですが、その栽培会社の設立はわずか4年前。その成長の軌跡を取材してきました。

天空の里できくらげ栽培

 仁淀川支流・土居川の川遊びスポット「宮崎の河原」から、見通しの悪いカーブが続く細道を車で登ること約30分。この先に集落はあるのかと不安になったころ、突然風景が開けました。聳えるような山を背負う標高約750mの高原。国土地理院の地形図には「ツボイ」と記されています。

article272_01.jpg 標高約750m。仁淀川きくらげはここで生まれ育つ。右上隅に見える山頂は標高1172m。

 ここにある約450坪のビニールハウスが「仁淀川きくらげ」の故郷。約2万個の菌床で栽培されています。一つの会社で、しかも周年での栽培では、他にあまりない規模です。需要の高まりを受け、栽培するハウスの数はさらに増えつつあります。

article272_02.jpg ビニールハウスの中に、仁淀川きくらげの菌床が並ぶ。デリケートな成長時期なので、取材で近寄れるのはここまで。

 ハウスの中に案内されたのですが、「納豆を食べてないですよね?」と代表取締役の藤原幸栄さんに念を押されました。繁殖力の強い納豆菌は、きくらげの菌床に影響を及ぼす可能性があります。
「今はきくらげの芽が出るころなので、菌床のそばに行かないでほしいんです。」
 きくらげ栽培は時にデリケート。芽が出ず全滅したことがあったと藤原さん。少し陰りの見えた表情に、これまでの苦労を垣間見た気がしました。

山奥から会社を興す

 地方で、しかも限界集落が点在する山里で新規事業を始めるのは、一筋縄ではいかないことに思えます。なぜ仁淀川きくらげは軌道に乗っているのでしょう。そのわけを聞けば地域活性化のヒントがあるかもと、私はインタビューを続けました。

article272_03.jpg 藤原幸栄さん。

 藤原幸栄さんは仁淀川町池川の出身。上京して証券会社に勤め、その後は会社経営などをへて、2018年に仁淀川きくらげを栽培・販売する「株式会社ツボイ」を設立します。その目的は、農薬や防腐剤を使わない安心安全の国産きくらげを全国に届けるため。
「ビタミンDは野菜や菌類のなかで一番多いし、カルシウムも鉄分も豊富。食物繊維もゴボウの約3倍以上と、栄養素に富んだすばらしい食物です。これをぜひ多くの人に食べてもらいたいと、最初はボランティアみたいな気持ちでしたね。」
 しかし、きくらげ栽培については全くの初心者。なにもかも手探りでした。

article272_04.jpg 仁淀川きくらげの商品には、乾燥きくらげだけでなく、生きくらげ、葛湯や蒟蒻などの加工品もある。

 藤原さんは、沖縄から北海道まで日本各地のきくらげ生産者を訪ねていきました。栽培にしろ流通にしろ、現状はどうなっているのか?
「わかったのは、気候などの条件が違うため、栽培のやり方は地域ごとにバラバラだということ。自分の農地に適した栽培方法を見つける必要があるのだということです。」
 また、きくらげの販路の開拓も必要でした。
「ミカンやホウレンソウみたいに、馴染まれている食材ではないですから。」

逆境はチャンス

 藤原さんは、高知県下のスーパーで「きくらげを知っていますか」とアンケートをとりました。結果は、「知っている、または食べたことがある」が100人中6人。
 なかには、「きくらげって、山で採れるものなんですか!」(”くらげ”だから海のものと思った?)、という人も。
「ましてや生きくらげなどは、大手スーパーのバイヤーでも扱ったことがなかった。」

article272_05.jpg 栽培中の白きくらげ(画像は仁淀きくらげのホームページより)。

 高知でのきくらげ市場はどうやら未開拓。藤原さんは、きくらげの調理方法やレシピを作り、それを無料パンフレットにしてきくらげの商品のそばに並べたり、試食販売するなど工夫を凝らしていきます。考案したきくらげ料理のレシピはなんと約600!
「うちには和食の料理人だった社員がいるのですが、彼ががんばってレシピを考えてくれています。」

article272_06.jpg 仁淀川きくらげのホームページには、乾燥・生きくらげの戻し方の解説も(画像は仁淀きくらげのホームページより)。

 それにしても、〈きくらげ、何それ?〉や〈きくらげなんて売ったことがない〉という声が大勢だったのに、経営に不安はなかったのでしょうか。
「逆に、すでにあるモノを売るほうが難しい。競争が激しい。きくらげの栄養素は他の食材にない豊かさ。健康志向の人も多いから、そこをうまくアピールすれば必ず食卓に受け入れられると思っていました。」
 かつての仕事では、2日に1度ぐらい飛行機に乗って全国を巡っていた藤原さん。そのときの人脈も活用し、食材としてのきくらげの魅力を広めていきました。

article272_07.jpg この記事冒頭画像の乾燥きくらげを水でもどすと、このとおり。かた焼きそばのあんに入れました。

田舎ゆえの長所も

 ところで、起業に欠かせないのが人材の確保。レシピ開発できるような人を含め、スタッフをどうやって募ったのでしょう。
「現在社員は8名です。人からの紹介が多いですね。雇わんかと、けっこう声をかけてくれる」。信用できる人の紹介だから、雇うにあたって不安はなかったと藤原さん。それは、人口は少ないけれど、人々のネットワークがしっかと構築された田舎ならではの利点なのかもしれません。

article272_08.jpg スタッフの岡林善幸さん(左)。この日は、新たにきくらげの栽培を予定しているビニールハウスの整備に汗を流していました。

自然環境が生み出した奇跡の逸品

 藤原さんいわく、この標高750mの高地を栽培地にしたのは、「使える土地がたまたまここだった」から。しかし、寒暖差が大きく、夏には霧や雷があるなど、菌類の栽培に適していたようです。なかでも、きくらげ栽培に使う湧水が素晴らしい。栽培中のキクラゲは、その重量の約80%以上が水分なのです。

article272_09.jpg 仁淀川きくらげを育む湧水は、この山肌から。冬枯れの森も美しい。

 「水質を調べてもらったら、『これは本当に山の湧水ですか』と疑われて(笑)。微量のナトリウムなど、山の水には珍しいミネラルが含まれているんです。」
 そのためか、仁淀川きくらげは食感も香りもいいと、一度食べた人はリピーターになるとか。その味わいは、仁淀ブルーを生み出す大自然の奇跡なのかもしれません。

article272_10.jpg 仁淀ブルー。

■「仁淀川きくらげ」のホームページもぜひご覧ください。読み応えあり!

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)

2015年7月10日配信の創刊号から数えて272本め。今号が仁淀川流域6市町村のエリアメールマガジン「仁淀ブルー通信」の最終号になります。足掛け7年にわたるご愛読ありがとうございました。

(仁淀ブルー通信編集長 黒笹慈幾)

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