2020.11.20USAからの使者、高知の山奥でクラフトビールを!?
仁淀川流域にクラフトビールの醸造所が誕生しました。場所は、日本のビール醸造所としてはおそらく最も秘境にあり、そしてビールのつくり手はfrom USA ! 異例づくしのムカイクラフトブルーイング「Blue Brew」を訪ねました。
仁淀川の支流、深いV字谷の中津渓谷をさらに上流へ。廃校をリノベーションした宿泊施設「しもなの郷(さと)」の対岸に見える小さな建物が、この11月1日に開業したムカイクラフトブルーイング「Blue Brew」です。
センスのいい木造の建物に入れば、小さなタップルーム(ビールと軽食を提供する場)があり、大きなピクチャーウインドウ越しに銀色に輝くタンクが見えます。
ここを立ち上げ、クラフトビールの醸造をしているのがケネス・ムカイさん。生まれも育ちもカリフォルニア州ロサンゼルスで、このたび、奥さんの正子さんと一緒に仁淀川町へ移住してきました。
「ロサンゼルスは道路が片側8車線もある都会で、すごく雨が少なくて、年間95パーセントぐらいは晴れでした」と正子さん。
「だから天気予報は意味がない(笑)」とケネスさん。「からっとして、太陽があって、午後には海の風が吹いて、夜は涼しくなる。気候は天国です」。
それに比べて、深山幽谷で、冬以外は雨も湿気も多い高知県。しかもここは日本有数の辺境の地です。
「でも、僕が最初に体験した日本が隠岐の島(島根県)でしたから、秘境には慣れてます。それに何度も日本を旅していますしね」。
アメリカ西海岸のクラフトビールが、仁淀川流域の湧水に出合った
大学を卒業後、ALT(外国語指導助手)として初来日したケネスさん。赴任先は島根県、しかも離島の隠岐の島へ。
「2年間暮らしましたが、隠岐の島は冬がほんとうに大変。海が荒れて連絡船は運休するし、お店では物がだんだんなくなっていく(笑)。でも、島の人たちにすごくよくしてもらった。それで、日本はいいなあと思ったのです」。
帰国後、ケネスさんは化学や物理を教える高校教師をしながら、夏休みにはほぼ毎年日本を訪れるようになりました。そして高知県にもよく遊びに来て、すっかり好きになったそうです。
一方、ロサンゼルスでは、2005年頃から毎週のように趣味でビールをつくり、友達にふるまっていました。
そして、ケネスさんのビールと仁淀川町がシンクロします。
「5年ほど前、隠岐の島を再訪したのですが、島の人から『空き家を使ってクラフトビールをつくれないだろうか』ともちかけられました。そのあとに高知を訪れて、お酒を酌み交わしながら『隠岐でこんなことが』と話したら、友達が『それは高知でやってくれ』とノリノリになったんです」。
でも、ケネスさんはあまり本気にしなかったそうです。
「返杯、返杯しながらでしたから。酒の席の笑い話だと」。
しかし高知の友達は本気でした。1か月後には「いいところが見つかった」と国際電話をかけてきたのです。
いろんな人がクラフトビール醸造所を実現しようと汗をかき、資金集めなどに知恵を絞りました。また、地域の人たちはケネスさんを歓迎しました。
「それがすごくうれしかった。そして、なんといってもこの地域の水がすごくよかったのです。山からの湧水なのですが、この天然の水をぜひ使いたいと思いました」。
それらすべてが、20年以上務めた高校教師を辞めることに迷いのあったケネスさんの背中を押したのです。
地域の暮らしの水を、汚すことなく循環させるビール醸造
水がいいといっても、見た目や味など感覚での判断ではありません。
「僕は化学の先生ですから、自分で科学的に水の分析をしました。日本の大学で博士をしている友達にもこの水を送って、調べてもらいました。こんなきれいな天然の水、世界でもあまりないと思います」。
世界にはいろんなスタイルのビールがあるけれど、歴史的に見ると、その誕生には、その地域の水の質が関係しているとケネスさん。そして、この仁淀川町下名野川(しもなのかわ)地区の水は本当にきれいなので、どんなスタイルのビールもつくれるといいます。
「醸造にあたって、とてもきれいな水が必要なのは『ピルスナー』ですが、もちろんここの天然水でつくれます。そして、この天然水にミネラルを足すなどをしてコントロールすれば、いろんなスタイル(ビールの種類)のビールがつくれるというわけです」。
ところでこの天然水ですが、その水源は、昔から下名野川地区の人たちが利用してきたもの。そのあふれ出た余りが、クラフトビールになっていきます。
地域の天然水に感動したケネスさんは、それを使用した後のことにも心を砕きました。
「ビールをつくると排水がでます。その浄化設備の見積もりをとったら1500万円! そこで自作することにしました。僕は化学の先生ですから」。
ローコストかつ、夫婦2人で運営する醸造所なので手間のかからない仕組みをケネスさんは目指しました。アシやヨシなど植物を使う浄化システムは冬に枯れてしまうのが難点だし、浄化作用のある炭を使うのも管理に手間がかかる。徳島県のクラフトビール醸造所にわけてもらったビール製造の廃水で実験すること約半年、ついにオゾンと空気だけで浄化できる装置を完成させたのです。
「浄化後は飲めるぐらいきれいですよ」というケネスさん。浄化装置の材料代は約15万円だったそうです。
「この浄化装置の特許をとったらいいのに、と友達にいわれました(笑)。でもしません。みんなに真似してもらって、環境に貢献できればいいね」。
彼が仁淀川町でビールをつくるわけ
もちろん、研究熱心なのはビールの醸造においても。ケネスさんを知る人からは「時間を忘れてビールの研究をしている」と聞きました。取材時に、「Blue Brew」のタップルームで飲めたのは4種類でしたが、来週にはもう1種類加わります
「でも見てください、タップはこれだけあります。将来は15種類ぐらいにしたい」。
しかし、彼の夢は、いろんなテイストのおいしいビールをつくることだけではないようです。
それはビールの名前にも込められています。仁淀川町産のサツマイモを副原料にした黒ビール(スタウト)は「17」と名づけられていますが、この数字、仁淀川町の人口密度なのです(2015年の16.7人/平方キロメートルより)。
「おいしいクラフトビールをつくってみんなに届けることで、いろんな人がこの地域に興味を持って、集まって、さらには移り住むようになって、少しずつでも仁淀川町の人口が増えたらいいなと、なにか新しいことが起きたらいいなと思っています」。
だからいつか「18」をつくりたいとケネスさん。
「18が誕生したら、夢が一つかなったことになるかな」。
この地でクラフトビールづくりを始めると同時に、ケネスさんはホップを植え始めています。
「仁淀川町産のホップでビールをつくりたい。ロサンゼルスで暮らしていた頃も、自分で育てたホップでビールをつくっていましたから」。
栽培にあたって地域の土壌は問題なく、ビールに使えるホップが収穫できるのは3年後ぐらいになるとのこと。仁淀川町といえば茶畑の風景で知られていますが、いつかはホップ畑もこの地域の景色になるかもしれません。
つい先日、ケネスさんは某大学で学生に特別授業をしたそうです。そのとき学生から「10年、20年後、あなたはなにをしていますか」と質問されました。ケネスさんの答えはこうです。
「同じことしているよ、まだビールをつくっているよ。ただ、仁淀川町は変化しているはず。ビールで儲けるのではなく、この町を元気にするのが僕の目的だから」。
~「Blue Brew(タップルーム&醸造所)」情報~
開業したばかり、しかもムカイ夫妻だけで運営している小さなブルワリ―(ビール醸造所)のため、私が取材したときは持ち帰りできる瓶ビールがなんと売り切れ(涙)!
この記事が掲載される週末には持ち帰りの瓶ビールの用意ができているはず(ただし1種類)とのことですが、状況についてはムカイクラフトブルーイング「Blue Brew」のフェイスブックをチェックしてください。
醸造所併設のタップルームならいつでもビールを楽しめます。この取材でテイスティングできた4種のビールを紹介しましょう(提供されるビールのラインナップはその時々で替わります)。
掲載したビールは、本日の試飲グラス4種セット(1200円)のサイズ。ハーフパイントは600円~、1パイントは1100円~。自家製仁淀スパークリングウォーター(300円)などノンアルコールドリンクや軽食も提供しています。
■ムカイクラフトブルーイング「Blue Brew(タップルーム&醸造所)」
場所/仁淀川町下名野川1131-4(中津川を挟んで「しもなの郷(グーグルマップでは下名野川簡易郵便局と表示)」の対岸)
休日/水、木曜日。営業時間と販売しているビールの種類についてはフェイスブックをご覧ください。
フェイスブック ≫
インスタグラム ≫
ホームページ(英語のみ) ≫
(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)
★次回の配信は12月4日予定。
「仁淀川リバーサイドキッチン3」をお届けします。
お楽しみに!
●今回の編集後記はこちら