2020.11.06<仁淀川ボタニカルスケッチ散歩>第3回 横倉山ひとり歩き

<仁淀川ボタニカルスケッチ散歩>第3回 横倉山ひとり歩き

 すっかり秋らしくなりましたね。夫婦で仁淀川エリアをぶらぶら歩き、植物や風景を描いていくシリーズの3回目は、佐川町出身の植物学者 牧野富太郎さんが若いころに何度も登って植物採集や研究にはげんだ越知町横倉山をたずねました。牧野さんを愛する僕にとって、はずせないスケッチ散歩道です。10月23日、小雨模様の午前7時半、僕たちは高知市の自宅から車で西へ向かいました。


article232_01p.jpg The Roots inoでボタニカルな朝食

 朝食は食いしん坊の妻がリサーチした「The Roots ino」。
 いの町の国道33号線、鳴谷電停の交差点を南へ曲がってすこし行くと、ステキな小屋の店がある。無農薬野菜や無農薬しょうがをつくっている刈谷農園さんがはじめたばかりのこのお店は、そんな食材を活かしたメニューがとても魅力的だ。妻はロースト野菜の海苔巻きとホットジンジャー。僕はツナ&アボカドの海苔巻きとコーヒーのセットをいただいた。雨も上がったし、お昼ごはんの手巻き寿司も抜かりなくTake outしていざ越知町へ。

article232_02.jpg  横倉山にて

 横倉山を走っていると、運転手の妻が「ちょっと無理かも‥」と言い出した。以前、別の山で行けども行けども目的地に着かず、ガードレールもなく未舗装の山道をひたすら車で登ったことがトラウマで(笑)こんな山道が苦手になってしまったのだ。
 ということで、ふもとの「横倉山自然の森博物館」まで引き返し、そこで待つという妻と別れて、午後1時くらいには戻って来られるだろうねと話し、お昼ごはんの海苔巻きをおのおの分けて、僕ひとりのスケッチ散歩ということになった。博物館から20分くらい車を走らせて標高550mの第3駐車場に着き、歩きはじめたのが11時前。遊歩道入口の鳥居をくぐり、雨に濡れた枯葉を踏みしめて誰もいない山道を登って行く。

article232_03.jpg杉原神社境内の大杉
スギ/ヒノキ科

 散策路を10分くらい登ると杉原神社に着いた。神秘的な境内にひときわ雄々しくそびえる2本の大杉は町の天然記念物で、推定樹齢600年、樹高50mにも達する巨木だ。お社にお参りし、境内の隅にしゃがんで大杉を描きはじめたとき、それまで暗かった境内に「サァーッ」と陽が差し込んできた。山の神さまが「さぁ描きなさい」と言ったような気がして、いそいでスケッチブックにペンを走らせた。森を吹き抜ける風が樹々の梢をゆらし、「ゴーッ」という重量音で背中に迫ってくる。(ちょっとビビった)友人の話ではこの辺にはムササビやモモンガがいるそうだ。

article232_04.jpg風雪に耐えた大杉の木肌に、鮮やかな緑の葉をしたテイカカズラが絡みついていた。

 杉原神社を後にして、鳥の鳴き声を聞きながら安徳天皇を祀る横倉宮へ向かって歩いていると、道の脇に手のひらのような葉をたくさんつけたクサヤツデがぽつりぽつりと生えていて、可憐な花を咲かせていた。

article232_05.jpgクサヤツデ/キク科
うつむきかげんの細い花の先に、エンジ色のリボンのようなカールした花びらがついている。

 絵を描いていると、妻から「描いてる?」とショートメッセージが届いたので、描きかけの絵の写真を撮って送信したところ、いきなり年代物のスマホの電源が切れて画面が真っ暗になった。「やっちまった!」これで妻と連絡が取れなくなり、時間もわからず、植物の写真も撮れなくなった。僕は少しあせりながら先を急いだ。

 しばらく歩いていると鳥居があり、そこの急な石段を登ると横倉宮に到着した。社の裏には牧野さんが明治17年、22歳の時に発見したヨコグラノキが立っている。牧野さんが学名発表した標準木そのものが見られるのは、この木以外、現在ではまずないだろう。とても貴重な高知の財産だ。風が崖の下からビュービュー吹き上げてくる。苦労の多かった牧野さんの人生に思いを馳せながら絵を描いた。

article232_06.jpgヨコグラノキ/クロウメモドキ科
樹齢170年と言われるこの木は、石灰岩をつかむようにして切り立った斜面にうねるように立ち、天に伸ばした枝の先に黄葉した葉を茂らせていた。

 山の下からサイレンが鳴り響き、いまが正午だとわかった。スマホが使えず時間がわからなくなっていたのでありがたかった。妻はきっと連絡が取れないことにやきもきしていることだろう。

 この先にある畝傍(うねび)山眺望所まで行くとアサマリンドウが見られるかもしれないと聞いていたので、僕は坂を下り、さらに奥まで歩いて行った。今朝まで降っていた雨で散策路はところどころ水に浸かっている。めげずにどんどん歩いていると薄暗い遊歩道にアケボノソウが2株花を咲かせており、そこだけに日が差し込んでいた。僕は心を落ちつけてスケッチした。

article232_07.jpgアケボノソウ/ リンドウ科
5つに分かれた花びらに、緑の点と小さな黒点がデザインされたようにちりばめられている。

 何時なのかはわからないけどずいぶん時間が経ったはずなので、アサマリンドウはあきらめて、もと来た道を引き返した。杉原神社の近くの山小屋まで戻ってきたとき、建物の前にミズヒキが数株生えていたので急いでスケッチする。

article232_08.jpgミズヒキ/タデ科
花は終わり、赤い”そう果”が細い柄に並んでいた

 山を歩きはじめてからずっと、誰にも会わなかった。あいかわらず山の風はビュービュー吹いて梢の音が大音量で迫ってくる。僕は追い立てられるように山道を下り、駐車場に停めていた車に乗って妻が待つ博物館へと急いだ。途中、第1駐車場の近くの道路端に白い花と赤い花が見えたので、何だろうと車を止めてスケッチした。

article232_09.jpgイナカギク/キク科


article232_10.jpgヨシノアザミ/キク科

 目安にしていた午後1時を40分オーバーし、博物館に着いて急いで受付に向かうと妻が立っていた。僕の顔を見つけてニッコリと笑顔になった。かなり想像力がゆたかで心配性でもある彼女は、山深い場所なので電波が届かなくなったんだろうと思いながらも、もしかして土砂崩れ? 滑落? 突発的心臓発作? と、かなり本気でやきもきしていたのだそうだ。

article232_11.jpg宮ノ前公園から横倉山を望む
コスモス/キク科

 僕はまだ昼ごはんを食べてなかったので、宮ノ前公園のコスモスを見ながらThe Roots inoで買った海苔巻きを食べた。妻は心配していたわりには、すでに博物館でしっかりと食べ終わっていた。今度は二人で歩けるところへ行こう。(おわり)

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(高知の展示デザイナー 里見和彦)

★次回の配信は11月20日予定。
「高知の山奥でクラフトビール!? USAからの使者(Mukai Craft Brewing)」をお届けします。
お楽しみに!

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