2020.08.14<仁淀川ボタニカルスケッチ散歩>第2回 日高村ヒア・ゼア・アンド・エヴリホェア

<仁淀川ボタニカルスケッチ散歩>第2回 日高村ヒア・ゼア・アンド・エヴリホェア

 夫婦で仁淀川エリアをぶらぶら歩き、旅する画家、山下清さんみたいな気分で、植物や風景を描いていくシリーズの2回目です。梅雨が明けてからずっと、暑い日が続いていますね。今回はいつも車で通過するばっかりだった日高村を行ったり来たりしながら、知らなかったものに出会い、食べたかったものを食べ、スケッチを描きました。「なにげに惹かれる日高村」の魅力をお届けします。


article226_01.jpg名越屋沈下橋をいの町勝賀瀬より望む。

 近くにあるのに気づかなかったいいもの。僕にとって日高村はそんなイメージの村になった。いままでゆっくり歩いたことはなかったけど、最近にわかにご縁ができて、その歴史や自然を調べたら面白くて、植物も多様なことを知った。8月下旬に、仁淀川沿いの能津(のうづ)小学校の全校生徒17名と植物の絵を描くワークショップをすることになったこともあり、その下見も兼ねて日高村をぶらりぶらりと散策した。

 県内各地が猛暑日だった7月31日。朝9時に高知市を出発。40分くらいのドライブで「村の駅ひだか」に着いた。妻はリサーチ済みの2種類のオムライス弁当を、僕は焼き鯖寿司を買う。ご挨拶に寄った日高村役場のHさんに「能津小学校へは、いの町側から川の景色を見ながら行くといいですよ」と教えてもらい、仁淀川橋まで戻って、悠々と流れる川の風景を横目に、気分よく車を走らせた。

「川の見えるところでお弁当を食べたいものだ」と思っていたら、ちょうどいいところに「水辺の駅 あいの里」という直販所があった。中に入ると、仁淀川が見渡せる素晴らしい窓辺に食事ができるようテーブルが置かれていて、持込の昼食なのに、お店の人はとってもいい感じで対応してくれた。ご厚意に感謝し、よもぎ餅を買う。仁淀川の流れに涼やかさを感じながら、持参した水出しの仁淀川茶でお昼ごはん。

article226_02.jpg「とまとオムライス」は、とろっととろけるようなスパイスの効いたトマト味。「とまとみそオムライス」は、トマトの酸っぱさと味噌の濃厚さが絶妙なバランス。矢野鮮魚店の焼き鯖寿司も文句なくうまい。いの町産よもぎ餅は、ほんのりと鼻に抜ける香りが懐かしい味わいだった。

 おなかが満たされたところで、僕は外の展望デッキに出て、これから向かう日高村能津方面をスケッチする。梅雨明けまもない水量の豊富な仁淀川で、釣り人たちは強い流れに腰まで浸かり、糸を垂れていた。高知市内から数十分で、この緑豊かな光景を望められるとは、なんとも不思議で得した気分だ。

article226_03.jpg空のブルーと仁淀ブルー

 さらなるモチーフを求め、一人で川原へ降りて行く。川辺の草むらからミゾソバの蕾がひょっこり顔を出していたので、砂まじりの道にしゃがんでスケッチした。

article226_04.jpgミゾソバ / タデ科
花が開く前のコンペイトウのような蕾がとてもかわいい。まわりはクラクラするくらい暑いのに、絵を描いている間中、草むらからri ri ri ri ri rinと静かに虫の聲が聞こえていた。

 柳瀬橋を日高村側へ渡り、川沿いの道路を東へ。眼下に川面を見下ろす雄大なロケーションの道路沿いに、なにか懐かしいような佇まいの能津小学校が建っていた。夏のグラウンドが太陽の光で真っ白に照ってまぶしい。山を背にしたプールでは、生徒たちが水泳の授業中。男の先生が大きな声で指導している。校門の近くに建つ大きな石碑の足元に、蕾をつけたヒメヤブランがポツリポツリと生えていた。

article226_05.jpgヒメヤブラン / キジカクシ科

 隣の公民館の裏山の法面にはアキノタムラソウが群生していて、しきりに蜂が蜜を吸いにきていた。

article226_06.jpgアキノタムラソウ / シソ科
細くて四角い茎の周りに、輪になって小さな薄紫の花が咲いている。牧野植物園の先輩、鴻上泰さんによると、この草はアキノタムラソウといいながら、4月頃から12月頃まで咲くらしい。県内にはハルノタムラソウやナツノタムラソウもあるのだそう。知らなかった。

 妻が駐車場にたくさん生えたシロツメクサを見つけた。今度のワークショップではこれを題材に絵を描くことにした。
 能津小学校を後にして、錦山公園へ向かって車を走らせていると、オレンジ色の花が目についた。車を停めて近寄って見たら、キツネノカミソリだった。

article226_07.jpgキツネノカミソリ / ヒガンバナ科
乾ききったコンクリートの擁壁の下、積もった枯れ枝の中からすっくと立ち上がった姿がなんとも健気で、行き交う車を気にしながら心を込めて描いた。

 僕たちはもと来た道を戻り、柳瀬橋を渡って仁淀川橋方面へ。途中、名越屋の沈下橋でスケッチをする(最初の絵です)。その間、妻は気持ちがのびのびする沈下橋の光景にさそわれて、橋を途中まで渡ってみたり、川岸に降りて行ったりしていた。「岸辺の水が透明で、気持ちよさそうに小魚がたくさん泳いでいて、それを見ていたらどうしても川に浸かりたくなった」とかで、妻は裸足になってさらさらと流れる水に足を浸していた。須崎生まれの彼女は子どもの頃、夏休みには朝から晩まで新荘川で泳いでいたそうだ。

 ふたたび仁淀川橋を渡って日高村へ。どうしても歩きたいところがあったのだ。日高村を通る時、車窓から一瞬目にする川辺の風景がいつも気になっていた。水ぎわまで草が生い茂った、なにげに惹かれるその岸辺を「いつか歩きたいねぇ」と話していたんだけど、とうとうそれが現実になった。それは日下(くさか)大橋の下を流れる日下川の風景だということを知った。

article226_08.jpg日下川散歩

 太陽の日差しもすこし和らいできた。僕たちは車を降りて日下大橋のたもとから日下川畔を川下へ歩いていった。アシやススキが生える川淵には、きっと小魚や昆虫がたくさんいるのだろう。こういうなんでもない風景が、とってもゆたかなものに思えてくる。今日は橋をひとつ分だけ歩き、その先は楽しみにとっておくことにした。

 そして役場のOさんが勧めてくれた「日下川調整池」へ。ここは日下川の水量を調整するために作られた池だ。日高村の歴史は、水との戦いの歴史でもあるのだ。それを知り、何度も洪水に見舞われてきたこの土地で、自然の猛威に屈せず知恵と工夫で生きてきたこの地の人をえらいと思う。
ここは心落ち着く素晴らしい所だった。人と生き物とが出会う水辺の空間になっている。水のせせらぎが途切れることなく耳にやさしく語りかけ、スケッチしていると、シオカラトンボが音もなく水草にとまった。静かな午後のひとときだった。

article226_09.jpgオモダカ / オモダカ科
article226_10.jpgガマ / ガマ科

 最後に、岡花の旧松岡酒造の蔵を改装した酒蔵ホールへ。ここで友人の都筑正寛(通称マサ)さんが金曜日だけのカフェを開いている。
 国道から脇道に入ると、目の前に緑の空間が現れ、気温がすこし下がったように感じる。見付けの小さな神社には、樹齢300年といわれるムクノキが生えていて、地域の守り神のよう。
 神社の隣に、水害を避けるために積み上げた石垣があり、そのスロープを登ったところが酒蔵ホールだ。コンサートやイベントが行われるホールの隣の蔵が、都筑さんのカフェMASACASAになっている。

article226_11.jpgMASACASA

 都筑さんは2年前に高知に移住した。ロサンゼルスでレコーディングエンジニアをやっていた彼は、ノラ・ジョーンズやロス・ロボスと仕事をしてきた人。今は日高村の地域おこし協力隊として活動しながら、ロスで親しんだタコスの味を、高知産のトウモロコシ「地(ぢ)きび」や野菜を使って再現し、一目惚れしたというこの酒蔵で、素敵な音楽とともに提供している。(日曜市にも出店中!)

article226_12.jpgボタニカル・ディナー

 この日は3種類のタコスを日高村のトマトを使ったトマト・エールと一緒にいただいた。「地きび」の香ばしさが食欲を刺激し、包まれた食材の新鮮さが一層際立っていた。
 かつて日高村の蔵人たちが酒造りにいそしんだ空間に、しっとりとアナログレコードの音が染みわたり、天井の太い梁の間から“酒蔵の精”が静かによみがえってくるように思えた。
 外に出ると、そこは昔、煙突がそびえていた広場になっていて、低い塀越しに南の小高い山が眺められ、その上空にぽっかりと淡い月が出ていた。いくぶん暑さも和らいできた夏の夕暮れだった。

(高知の展示デザイナー 里見和彦)

article226_13.jpg日高村ボタニカルスケッチ・マップ

★次回の配信は8月28日予定。
「驚異の峡谷の案内人は、こんな男だ!」をお届けします。
お楽しみに!

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