2021.07.30今年はこんな川下りはいかが。仁淀川の新しい遊び『ZAB』が登場!

今年はこんな川下りはいかが。仁淀川の新しい遊び『ZAB』が登場!

 カヤックやラフトボートなど、仁淀川を下る小舟はいろいろありますが、なかでも異彩を放っているのが『ZAB(ザブ)』。昨年から始まったこの一人乗り筏(いかだ)での川下りとは? そして開発秘話を取材してきました。

 それに乗って、というか座って流れに浮かんだとき、記憶の底からあるイメージが甦りました。あれは絵本か児童書か、それとも小説の『ムーミン』かな? 主人公が小さな筏で川を下る場面があったけど、いまの私はまさにそれ。「こんなことしたい」と憧れていた物語の世界を、私はZABで実現していました。ちなみにZABとは座布団の『ザブ』であります。

article254_01.jpg 宮下裕貴さん。『有機高揚』のオフィスにて。『宮下』という彼の苗字にちなんで、柱と梁をお宮の鳥居風にペイントしたそうです。

 この一風変わった筏を設計開発したのが、越知町にある川下りツアー会社『有機高揚(ゆうきこうよう)』代表の宮下裕貴さん(31歳)。ラフティングなど急流下り歴11年のリバーガイドであり、昨年よりZABやラフトボートでの仁淀川ツアーを始めています。

      有機高揚のツアーコースをZABで下る。

 宮下さんは、長野県南部に位置する伊那谷(天竜川流域の盆地)の出身。少年時代は川が遊び場でした。
「夏は、天竜川支流の三峰川(みぶがわ)で泳いだり飛び込んだりでしたね」。
 伊那谷といえば、川をよく知る者にとっては昆虫食の本場。宮下さんはどうでした? と話を向けると、美味しいですよねと、懐かしそうな表情に。
「伊那谷では、川にいるザザムシ(カワゲラやトビゲラなど水生昆虫)の佃煮が名物です。私はおとう(お父さん)に連れられて蜂追いもしていました」。
 蜂追いは『スガレ追い』とも呼ばれ、クロスズメバチの蜂の子を採る伝統技法。「うちらはイカを餌にしていました。それを木の枝に刺しておくと、クロスズメバチがやってきて口でちぎって、夢中になって団子にするんです。そのとき蜂の胴体に白い札を結び付け、巣に戻っていくのをひたすら追いかけた」。
 クロスズメバチは地面の下に巣をつくる。その巣穴を見つけたら煙幕を炊いて蜂を気絶させ、巣を掘り出すそうです。
「伊那谷では、クロスズメバチの蜂の子は高級食材なんですよ」。

article254_02.jpg結構大きく見えるZABですが、軽々と持ち歩けます。インフレータブルSUP(空気で膨らませるSUP)みたいな構造で、乗り心地よし。けっこう頑丈で、岩にぶつかってもポンと弾かれます。

四国のリバーガイドに魅力を感じ、
信州から大歩危小歩危(おおぼけこぼけ)の激流へ

 そんな野山の少年時代を経て普通に就職した宮下さん。あるとき地元で〈アウトドアインストラクター募集〉という張り紙を見つけます。そこには、川に飛び込んでいる写真も掲載されていました。宮下さんは、かつての川での夏を思い出します。
「これって、川で遊びながらお金を稼げるぞ」。
 そして、地元天竜川のラフティングツアー会社に転職。間もなく修学旅行ラフティングの季節になり、四国吉野川のリバーガイドたちが助っ人にやって来ました。「吉野川の大歩危小歩危のリバーガイドたちは気分のいい人ばかりでした。『大歩危小歩危のラフティングは最高だよ』という彼らの世界が、本当にいいなあと。だから、四国に戻る彼らについて行ったんです」。

article254_03.jpg増水した吉野川・大歩危小歩危はこんな感じです。

 ラフティングツアーの舞台としては日本一の激流と称される吉野川の峡谷・大歩危小歩危。宮下さんが門をたたいたのは、レジェンド級のリバーガイドが経営する会社でした。
「吉野川に到着した夜、地元ガイドと飲みに行ったとき、そのレジェンドに出会いました。彼は、『なるほど、じゃあ明日から俺のところ来るか!』と言ってくれた」。
 その翌朝、吉野川の大歩危小歩危は大雨で大増水し、濁流になっていました。
「でもレジェンドは、『吉野川はこんなもんだ、どうだ!』と嬉しそうなんです」。
 そして、宮下さんとレジェンドは、その名も『TATAMI(タタミ)』という大きな長方形の筏2艇にそれぞれ一人で乗り、濁流を下ることに。それが宮下さんの初吉野川でした。
「下り終わったとき、レジェンドの口から出たのが『おまえ、怖くなかったのか? 』でした。助けてくれると思ってましたから、と返すと、『おまえなあ、自分の命は自分で守れ』と(笑)」。
 レジェンド級とはすなわち、日本の商業ラフティング黎明期からのリバーガイドというだけでなく、破天荒な人間という意味でもありました。レジェンドとの仕事は大変だったでしょうと話を向けると、宮下さんはニヤリとしました。
「まあ、ラフティングのオフシーズンには、津軽海峡でマグロ一本釣り漁師をするような人ですから(笑)」。

article254_04.jpg ZABは、穏やかな流れでは立つことも可能。新鮮な目線になれます。

仁淀川で知る、「激流じゃなくても楽しい」

 大歩危小歩危などで約7年のキャリアを積み、その後、宮下さんは吉野川と仁淀川で川下りツアーする会社に移籍します。
 そして、大きな気づきが。宮下さんは仁淀川でSUP(スタンドアップパドルボード)ツアーを担当していたのですが、参加者の様子に驚いたそうです。
「大歩危小歩危での経験から、ぼくには『激流最高!』みたいなところがありました。でも、仁淀川の静かな流れでもゲストは感動しているし、そんなゲストを見ている私も楽しめていたんです」。

article254_05.jpg ゴロンと寝転んでもいい。川面でうたた寝なんて、めったにできません。またZABは数艇を連結して大きな筏にもなります。

 また、仁淀川のフレンドリーな流れも宮下さんの心をとらえたようです。
「その頃、子どもができたことも関係していたのでしょうね」。
 大歩危小歩危は流れが速く、深く、子どもを遊ばせるには不安だったと宮下さん。しかし、仁淀川なら浅瀬がたくさんあるし、流れも優しい。
「独立して川のツアー会社を始めるなら、我が子と一緒に遊べる清流がいいなと。だから、仁淀川で挑戦しようと思ったんです」。
そして、子どもと共にという想いは、ZABの開発にもつながっていきます。

四国での出会いと家族のおかげでZABが

 ZABのルーツは、レジェンドのラフティング会社で使っていた『TATAMI(タタミ)』。激流ジャンキーなリバーガイドが開発しただけあって、それはスリル満点の筏でした。
「そうじゃなくて、子どもでも気軽に漕げて楽しいものがあったらなあと、なんとなく空想していたんです」。
 また、川下りツアー会社を興すなら、我が社ならではのものが欲しかったと宮下さん。カヤックより乗りすく、SUPより流れのなかで安定していて、座っても立っても寝そべっても川を下れる、そしてラフトボートよりも仁淀川でスリルを味わえる……のちにZABとなるボートのイメージはだんだんと具体性を帯びてきました。

article254_06.jpg 精神修養にも使える!? 仁淀川でZABすれば、脳がクリエイティブに。

 では、ZABの製造は?
 ここで登場するのが宮下さんの奥様。彼女が会社勤務時代に積み上げたビジネススキルや人脈を頼りに、海外企業に発注して製作してもらったそうです。
「思えば、四国に来てレジェンドとの出会いがあったから、そして家族というものがあったからZABは誕生したんだなあ」。

article254_07.jpg 宮下さんの有機高揚のツアーでは、大雨で増水しない限り、仁淀川でもかなり澄んだ流れの区間を下っていきます。

家族や仲間と共に、仁淀川で生きるには

 ところで、川下りツアーといえば、休日や季節の影響が大きい観光業。暇なときや、仁淀川が冷たいオフシーズンにはどうしているのでしょう?
「農業のお手伝いですね。生姜や山椒、お茶を栽培する地元農家が『仕事があるよ』と声をかけてくれるんです。でも、真冬はやはり暇ですね」。
 リバーガイドのなかには、春~初秋は川でラフティングツアー、冬はスキー場で働くというノマド生活(定住地を持たない暮らし)の人が少なくありません。しかし宮下さんは、この地にしっかりと根を下ろし、リバーガイドと農業で一年を回したいといいます。
「同郷の幼馴染みが『有機高揚』で一緒にリバーガイドしています。彼はすぐ近所で暮らしているのですが、いくつも農地を借りて、本格的に農業にチャレンジ中です。仁淀川流域の山あいには耕作放棄地がたくさんありますからね。彼を手伝ったりしながら、真冬も農業の仕事ができたらと思っています」。
 仁淀川の流れと共に生きながら、家族で普通に暮らしていく、そんな田舎暮らしの可能性を、宮下さんはこれから見せてくれるのかもしれません。

article254_08.jpg 現在公開中の映画『竜とそばかすの姫』に登場するのが、仁淀川に架かる浅尾(あそお)沈下橋と鎌井田地区の景色。浅尾沈下橋を渡ってすぐのところにあるのが宮下さんの拠点『有機高揚』です。

■宮下さんの川下りツアー会社『有機高揚

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)

★次回の配信は8月13日予定。
「女性アユ釣り師が友釣りのリアルを実況中継 第2回(土居川)」をお届けします。
お楽しみに!

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