2020.10.23まもなく誕生から1周年、日高村のゲストハウス。ここから何かが始まる!?

まもなく誕生から1周年、日高村のゲストハウス。ここから何かが始まる!?

 昨年(2019年)の11月、それまで宿泊施設のなかった日高村にゲストハウスとカフェ「eat & stayとまとと」が誕生しました。その中心人物といっていいのが小野加央里さん。「日高村に泊まりたいけど宿がない、宿があればなあ」という、きっかけは夢想みたいなものを実現した彼女にインタビューしてきました。写真は小野加央里さん。とまととのカフェスペースにて。

 日高村、雑木の山あいにあるJR小村神社前駅。ホームは1番線のみ、長くても2~3両のディーゼル列車が停車する無人駅です。駅名にある「小村神社」(土佐国の二宮)はここから徒歩約5分、1400年以上の歴史ある神社です。

article231_01p.jpg 小村神社。

 この駅と線路のそばにあるのが、ゲストハウスとカフェ「eat & stayとまとと」です。国道を挟んで正面には小村神社本殿までの参道が伸びています。駅前や門前の賑わいはないけれど、周囲には「日高オムライス街道」参加の「マンマ亭」「大阪なにわ道頓堀たこやき」などがあり、毎日たくさんの車や人々が往来していく環境です。

article231_02.jpg「eat & stayとまとと」。仁淀川まで徒歩10分、全個室のゲストハウス&カフェ。

 しかし、「とまとと」から1分も歩けば形もサイズも様々な田畑が広がり、カエルや野鳥の声が大きくなり、徒歩10分で仁淀川へ。「とまとと」は、「買い物や交通が便利な日常と、恵まれた自然が同居」という仁淀川暮らしを体感できるゲストハウスなのです。

article231_03.jpg「とまとと」の周辺にはこんな風景が。「とまとと」のレンタサイクリングで巡るのもおすすめ。

ボランティアで訪れた日高村

 「とまとと」誕生に大いにかかわり、現在は運営を担う小野加央里さんは名古屋市出身。日高村に移住する以前は東京で広告関係の仕事をしていました。
「そのころ、東日本大震災をきっかけに、生き方を見直すというか、これでいいのかな、となったんです。そして、誰かの幸せに貢献したいと思うようになりました」。
 具体的にどうすべきか。小野さんの心に浮かんだのは、なにか地域にかかわること。そして、無料学習支援などのボランティア活動を始めました。
 そんなとき、知り合った人から「あなたにピッタリのNPOがあるわ!」と教えてもらったそうです。
「なにがピッタリなのかは謎で(笑)。でも、その人は、『地域でなにかをしている団体から学びたい』という私の希望を知っていたので、信じていいなと・・・」。
 そのNPOが「日高わのわ会」。地域の困りごとを解決するためにいろんな人と協力していこうと2005年に設立されました。現在は福祉活動、特産の日高村フルーツトマトを使った加工品の製造販売、「喫茶わのわ」や村の駅併設「トマトスタンド」の運営などをしています。
 でも、当時はネットなどでの情報発信があまりなかったそうです。
「調べても日高わのわ会のことはよくわからなかったんです。でも表に出ている情報がすべてではないし、表に出ていないから『ない』わけではないだろうと、まずはコンタクトを取りました」。
 小野さんは日高わのわ会にメールを送りました。バリバリ仕事をこなす社会人なので、すごく硬い文面だったそうです。
「前略、御社でボランティアをさせていただきたく、なんて(笑)」
 そして、返信は来ませんでした・・・

article231_04.jpg「とまとと」のカフェスペース。日高村の大工さんや家具職人が作った本棚、椅子、テーブルがとてもいい雰囲気。

それまで見たことがない暮らしに触れて

「そりゃそうだろうなと。突然、東京の人からボランティアに行きたいというメールが来ても、戸惑いますよね(笑)」。
 仕事が忙しかったこともあり、返信が来ないことをしばらく日常の隅においていた小野さん。しかし、ある日たまたま神社で引いたおみくじに「思い残すことがないように」というお告げが。それでもう一度メールを送ると、「イベント出店で東京にいくので、よければそのときに会えますよ」ということになりました。
「会って、変な人じゃないとわかってもらえたみたいで(笑)、どうぞ来てくださいと」。
 それから月1回ぐらいの割合で日高村を訪れるようになった小野さん。ボランティアって、どんなことをしていたのですか?
「ひとことで言うと、事務局長のかばん持ち(笑)。本当に鞄を持ってじゃないですけど、なにに興味を持つかわからない私のことを思って、いろんな活動を見せてくれました。ボランティアだけどいろんな会議やミーティングに参加させてもらいました」。
 ボランティアって、作業者の一人というのが普通ですが、珍しいですね。
「私が望むことを学ばせてくれたり、人とのつながりが生まれそうなところに連れていってくれました。2019年11月に国土交通大臣賞『国土交通省地域づくり表彰』を受賞するなど、日高わのわ地域づくり活動で各方面に認められてきた団体なので、その全体像を見せてくれてほんとうに感謝しています」。日高わのわ会はその後、2020年10月に内閣総理大臣賞『令和2年度あしたのまち・くらしづくり活動賞』も受賞している。
 それまでずっと都会っ子だった小野さんが日高村で出合ったのは、アユやテナガエビやイノシシを獲って食べるなど豊かな自然がごく日常という、それまで見たことのない暮らしでした。そして、日高わのわ会をはじめ、地域の人々への興味を増していくにつれて不便を感じるようになったのが、滞在する場所のこと。
「そのころは東京との二拠点生活でしたが、日高村には宿泊施設がなかったんです。最初のうちは日高村の移住者向け滞在施設を使えたのですが、移住希望者じゃないのでその後は高知市内のビジネスホテルに泊まったりしてました。でもやっぱり不便だし、日高村に宿があったらいいのにと思うようになりました」。

article231_05.jpg日高村側から見た仁淀川の風景。

集落の空き地をキャンプ場にしてみた

 そこで小野さんは日高わのわ会にも協力してもらって宿のプロジェクトを進めました。はじめの一歩は自分の欲求です。でもそれは地域活性化につながることでもあるというわけで、企画案が高知県のコンテストに入賞し、日高村役場も一緒に動くことになりました。ハード面は役場、ソフト面は小野さんという分担です。同時に小野さんは日高村の地域おこし協力隊に参加することにもなります。
「協力隊になれば業務でゲストハウスのプロジェクトができると誘われたんですよ」。
 ゲストハウスのプロジェクトには30~40人が関わったといいます。
「ゲストハウスのコンセプトやデザインは、東京の仕事仲間とコラボしながら。そして地元の人たち、地域のおじちゃんおばちゃん、協力隊や役場の企画課、高知大学などにも関わってもらいました」。

article231_06.jpg細部にこだわりありのゲストハウスだ。

 〈ゲストは他所からくるので、それを迎えるには外からの視点を入れる〉〈地域活性化にもつながる要素、たとえば交流拠点の機能も有する〉など、アイデアを熟成し実現していく日々。そのさなか、小野さんは仁淀川に近い集落の空き地を使ったキャンプ場プロジェクト「POP UP INN(ポップアップイン)」を始めます。
 「というのも、ここはずっと宿がない地域だったので、『いろんな人が来ると治安が不安』なんて声があったんです。そこでまずは(地域外の人も訪れる)キャンプ場をその助走にしたいと考えたのが理由の一つ。また、過疎による空き地を利用して地域が稼げるモデルケースを探るというのが二つ目。そして、ゲストハウスを作りたいという東京のメンバーがいたので、外の人とこの地域の人が連携して何が生まれるかという実験になるのでは、とそんなことを考えていました」。 
 「POP UP INN」では、キャンプに来た人を対象に、川漁や農業など「地域の暮らしを体験する」というプログラムをいくつか提供してみたそうです。
 「いろんなことを学びました。たとえばキャンプも暮らし体験プログラムも、高知県では台風など天候に大きく影響されてしまうとか。地域の声もいろいろ聴くことができました。こういうことは協力できるけど、こういうのは日程やスケジュールを約束するのが難しいとか」。

article231_07.jpgゲストハウス、ゲストルーム。

地域の日常こそが、旅人を惹きつける

 そんな経験をもとに、いつかきっちり実現したいことがあると小野さんはいいます。
「都会育ちの私が日高村に来て面白いなと思ったのが、この地域の日々の暮らしなんです。お米作りとか、川でエビをとるとか、地域ではごく普通の日常が私には面白い。なので”日々の暮らしを、日々の暮らしっぽく体験する”企画を実現したいのです。例えば『アユ釣り体験』みたいなのではなく、地域のおじいちゃんの1日を体験する、みたいな・・・。でもまだまだ難しいことがたくさんあります」。
と小野さん。現在は助走中。実験し、学びながら、どう商品化にもっていくのか、といったところのようです。

article231_08.jpg「とまとと」にあるカード棚。

「日々の暮らしを、日々の暮らしっぽく体験化」が実現したらいかなることに・・・その予感を「とまとと」の片隅に見つけました。それは、壁に並べられた名刺大のカード。「仁淀川でカヤックに挑戦」「村の鍛冶屋を訪ねて」といった言葉とイメージ写真が添えられています。
「これらはどれも、私が楽しいと感じた日高村の日常です。いまカードは30種類ぐらいあって、とまととのホームページにも載せています。これを100まで増やしたいですね。ゲストが『これをやりたいなあ』となるきっかけになればいいなと」。
 小野さんが構想している体験プログラムの実現を待たなくても、このカードを手がかりに日高村の魅力に出合うのも楽しそうです。

article231_09.jpgとまととの二階から。

 昨年11月に開業した「とまとと」ですが、今年は新型コロナウイルス感染症のため、宿泊は通常とは異なり、全室貸切りのみ(最大大人6名)となっています。カフェのほうは通常営業。日高村特産のトマトを使った料理や、有名シェフとのコラボメニューが好評です。そして、全世界からトマト関連の書籍を集めた本棚「図書ツリー」も見逃せません。子供が読んで楽しい、大人が読んでも発見があるものがセレクトされています。

article231_10.jpg「とまとで健康に、とまとを研究しよう!」という日高村公認の大人の部活動「とまけん部」部員としても小野さんは活躍中。とまけん部の活動からトマトの画期的新商品が生まれる日も近い!?画像はとまけん部公式Tシャツ。

 「とまとと」を通じて旅を楽しむことで、人生を、暮らしを楽しむ「芽」のようなものも生まれそうな日高村。小野さん自身についても、新たな芽が出ています。
 「10月に地産外商の会社を設立します。ここの運営はもちろん、地域のいいものを生んで販売したり、人の架け橋みたいなこともする予定です。名前は『のっそん』。高知の言葉で『あれとそれを足して、おしなべる』を意味する『のっそ』と村(そん)を合わせました」。
 ゲストハウス&カフェ「とまとと」と小野さんの動き、しばらく目を離せません。


■ eat & stay とまとと

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)

★次回の配信は11月6日予定。
「仁淀川ボタニカルスケッチ 3」をお届けします。
お楽しみに!

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