2018.07.13<清冽な仁淀川を生み出す源の森たち>2 笠取山(かさとりやま)から大川嶺(おおかわみね)

<清冽な仁淀川を生み出す源の森たち>2 笠取山(かさとりやま)から大川嶺(おおかわみね)

今回彷徨い歩くのは、愛媛県久万高原町にある笠取山(1,562m)から大川嶺(1,525m)の稜線と、その山腹にある原生の森。両山ともに稜線付近は背丈の低い笹原にミツバツツジの群落が広がり、初夏の開花時期には最高の眺望を味わうことができる開放感のある場所だ。
山腹には原生的な森が広がっていて、一部はほぼ純林に近いブナ林になっている。これだけの密度でブナが林立している場所は四国では大変に珍しく、その意味では非常に貴重な森だと言えるだろう。


上の写真:大川嶺の岩場から笠取山(左)を望む。夏の夕暮れにはしばしば霧が湧き上がり、運が良ければ天上の楽園のような風景に遭遇することができる。

article143_01.jpg笠取山の東山腹(ウバホド山)に広がるブナ林。一部はほぼ純林になっている。
article143_02.jpg大川嶺から見た原生林。真ん中のピークがウバホド山。

 高知市内から国道33号線を西に走る。越知町を過ぎ、しばらくは仁淀川の本流を溯りながらの爽快なワインディングロード。移り行く景色を堪能しながら、しばしの間ドライブを楽しむ。
 県境を越えて久万高原町に入ると、間もなく右岸から大支流・黒川が合流する。上流部にある”小田深山渓谷”は、東北の奥入瀬渓流のような緩やかな流れで、四国では珍しい渓相だ。黒川に沿って国道440号線を20分ほど走ると、今度は左岸に支流・茗荷谷が北上している。これを源頭まで遡れば笠取山と大川嶺の峰々にたどり着く。

article143_03.jpg森の緑を映して流れ下る茗荷谷の豊富な谷水。森が安定していると、当然水も安定する。
article143_04.jpg谷のまわりはブナなどを主とする原生的な森。軽やかな谷音と木漏れ日が心とカラダに心地いい。

article143_05.jpg渓畔林を代表する樹木、サワグルミ。ここではけっこうな規模の林を形成している。ブナと同様、立ち姿が美しい。
article143_06.jpgサワグルミの花序(かじょ)。房状に垂れ下がって咲くが、しばしば風によってちぎれ飛ぶ。今年は花の付き方が異常に多かったように思う。

 ブナ林を縫って流れる茗荷谷の水量はかなり多い。源頭付近まで上っても、いつも安定した豊富な水が流れている。両岸は笹のスロープが広がり、そこに天然木が林立している。その中にはブナも多数見られるのだが、ふつう四国のブナは渓谷沿いにはなくて、中腹の斜面、もしくは稜線に生えるのが当たり前の景観だ。なのでこの風景は四国ではなかなかお目にかかれないのである。まるで東北のブナ林のようだ。美しい。
 この時期茗荷谷の源頭を遡行していると、足元から10cmそこそこの小さな魚影が多数飛び出して上流の岩陰に隠れる。アメゴの稚魚だ。数年前の晩秋、この付近で親魚に出会っているので、彼女たちはここまで上ってきて産卵しているようだ。すぐ上を車道が走っているとは思えないほど、何ともおおらかな自然の営みがここでは当たり前のように繰り返されている。やっぱり貴重な空間である。

article143_07.jpg
article143_08.jpg
変わりキノコ2種。左はエビタケ。ほぼブナ限定で生えるサルノコシカケの親戚。右はマスタケ。毒々しい色だが、食べられるらしい。両者とも山のモノなのに海産物の名前が付いている。なぜ?

article143_09.jpg芽吹きの頃のブナ林。眼下に見える樹々はすべてブナ。芽吹きと同時に開花する雄花が多い個体は黄金色に輝いている。高い標高と冷たい谷風の影響で、芽吹きの時期は5月初旬からになる。けっこう個体差が激しいので、芽吹きのタイミングにはバラツキがあるが、それがブナ林のコントラストになっていて、この時期は見ていて飽きがこない。

article143_10.jpg初夏の風景。芽吹きが終わるとまもなく梅雨に入る。新緑の葉の匂いを漂わせながら林内をやさしい霧が流れる。
article143_11.jpgブナの肌に着いた地衣類。様々な色や形があって、それぞれのブナの個性を作っている。

article143_12.jpgツルギミツバツツジ
article143_13.jpgナツツバキの落花

article143_14.jpgイブキトラノオ
article143_15.jpgノリウツギ

article143_16.jpgササユリ
article143_17.jpgシモツケソウ

article143_18.jpgシコクフウロ
article143_19.jpgオトギリソウ

 茗荷谷を源頭まで上り詰めるとその先は笹原と草原になり、車道が山頂のすぐ下を縫うように走っている。初めから山頂を目指すのなら、車道を利用するのが効率的だ。
 この笹原、草原にはたくさんの山野草(高山植物を含む)が自生している。特に夏の頃にはいろんな種類の花々が咲き乱れていて、お花畑になっているところもある。その可憐な姿を見るためにここに通う人も少なくない。草原を渡る爽やかな風に揺れる花たちを見ていると、とっても幸せな気持ちになってくる。
 そして特筆するべきは眺望の良さ。山頂付近からは360度ぐるっと見渡せるので、スターウォッチングに最適の空間でもある。そして密やかに夏の夜に乱舞する、陸生の蛍”ヒメボタル”とも、運がよければランデブーできるかもしれない。

article143_20.jpgペルセウス座流星群の夜

article143_21.jpgブナ林を飛ぶヒメボタル

(天然写真家 前田博史)
●今回の編集後記はこちら