2017.11.24<川遊び人の独り言>4 アユの産卵〜命のバトンタッチの現場では〜

<川遊び人の独り言>4 アユの産卵〜命のバトンタッチの現場では〜

写真にひしめきあっている魚たちは、夏に見慣れたアユとは似ても似つきませんが、頭の形を見れば、まぎれもなくアユです。今、仁淀川をはじめ県下の川の下流部では、命をバトンタッチするための壮大なドラマが繰り広げられているのです。

 この写真は、今から30年ほど前に、四万十川の下流に架かる通称赤鉄橋上手の小畑の瀬で撮ったものです。当時は、水中に潜ると全視界がこのようなアユの群れで埋め尽くされ、まるで川の中に黄色のじゅうたんが敷き詰められているようでした。
 この、体側の黒色とあざやかなコントラストをなすオレンジ色のアユたちは、すべて婚姻色をまとった雄アユです。この写真には写っていませんが雌アユは、産卵期になってもお腹がふっくらしてくるくらいで、体色は夏とほとんど変わりません。

 10月下旬から11月になると、アユたちは産卵のため河口に近い、産卵に適した小石底の浅瀬に集まってきます。仁淀川では八天大橋(はってんおおはし)下流、四万十川では佐田の沈下橋下流、物部川では55号線に架かる橋の下流あたりです。
 日が傾きはじめると、雄アユたちは浅瀬に集結し、産卵準備の整った雌アユがやってくるのを待ち構えます。そして、雌アユが現れると、10尾余りの雄アユたちが1尾の雌アユを取り囲み、産卵行動に移るのです。上の写真で、雌アユが写っていないのは、雄アユに取り囲まれているからです。アユの世界も、雄の婚活はなかなか大変なようです。

article_110_01.jpg
article_110_02.jpg
仁淀川最下流の産卵場であった通称用石の瀬。産卵場の下流には、婚姻色に身をまとった雄アユに混じって、雌アユも見える。

 仁淀川では10年余り前までは、河口に近い用石(もちいし)付近にも産卵に適した小石底の瀬がありましたが、ダムや砂利採取の影響で、年々河床が下がって、そうした瀬は下流からだんだん少なくなって、現在では主な産卵場は、高速道の高架橋あたりになっています。
 産卵場がだんだん上流に移って河口から遠ざかっていくということは、アユの生き残りにとっては厳しいことになります。

 というのも、生まれたばかりの5~6mmのアユ仔魚は、ほとんんど遊泳力もなく、川の流れによって河口付近に運ばれるわけですが、産卵場が上流に移るとそれだけ、餌である動物プランクトンの豊富な河口域に達するまで日数がかかることになります。
 全長わずか5~6mmのアユ仔魚の卵黄とよばれる、親アユからもらた”お弁当”は、3日分くらいしかありません。絶食生存日数といって、孵化した仔魚が餌を食べずに生きながらえることができる日数は水温などにも左右されますが、だいたい1週間程度と考えられています。
 ですから、どんなにたくさん産卵して、多くの仔魚が孵化しても遅くても1週間以内には、河口に到達しなければ、無効産卵となるのです。

article_110_03.jpg
article_110_04.jpg
仁淀川に架かる高速道路高架橋下流での産卵場整備の様子。右側は、河床に大量の砂が堆積した様子。

 アユの産卵を取り巻く状況の厳しさは、そればかりではありません。前述したようにアユの産卵は、小石底の瀬で行われますが、それはアユが自らの力で動かすことができるくらいの長径1~5cmの小石の層が少なくても10㎝、できれば15cm以上の厚さで堆積している河床の瀬が必要なのです。

 アユの卵は、受精と同時に受精膜が反転して、小石に強力に固着します。ところが砂が多いと小石にうまく固着せず、流されてしまいます。また、小石の層が薄いと、小石の表層に卵が露出し、コイをはじめとする他の魚に食べられたり、紫外線に直接さらされて、孵化率も下がります。

 仁淀川は、もともと砂の多い川で、そのうえ砂利採取やダムの影響もあり、上から見ると産卵に適した小石底に見えても、実際は上の右の写真のように、砂の上にまばらに小石が覆っている瀬がほとんどです。
 そのため、少しでも砂をかき出し、小石の層を厚くしてアユたちのために”ふかふかのベッド”を用意してやる必要があるのです。左の写真は重機をつかって、川底の砂を洗い出して、そのあと人手をかけて、ならしているところです。

article_110_05.jpg
article_110_06.jpg
物部川の河口から1kmあまり上流にある通称横瀬の人工産卵場造成現場。

 仁淀川はまだ川の中に産卵に適した小石があるので、産卵場整備も小石の底にたまった砂を洗い流してやる程度でいいですが、物部川ではそうはいきません。物部川はもともと河川勾配も急なうえに、3つのダムによって土砂もせき止められ、下流部でも大きな石がゴロゴロして、小石が少ないので、重機を使って河川敷に水路を掘って、人工的に産卵場を造成してやる必要があります。

article_110_07.jpg
article_110_08.jpg
その産卵場に、河口の海岸から河川管理者(国土交通省)の許可をもらって小石を大型ダンプ35台分運んできて、ユンボでならしながら敷き詰めていく様子。

article_110_09.jpg重機で大まかに小石をならした後、人力によってさらにていねいに川床ならし、大きな石を取り除いている様子。

 そのうえに、海岸にある小石をわざわざダンプに積んできて造成した水路に運び込んで、ならしてやらなければならないのです。
 そして、最後の仕上げは、やはり人力で、できるだけ川床がフラットになるようにならして、大きな石を取り除いてやらなければなりません。

 こうした作業を漁協の組合員だけでなく、すぐ近くにある高知高専の学生さんたちにも授業が終わった後、駆け付けてもらって、手伝ってもらいました。
高知高専の河川工学を専門としている先生や学生さんたちには、産卵場を造成する前に、流速や河床の深さを測ってもらい、川の水量が減少しても、産卵場の水路が干上がらないように、アドバイスをいただいています。

 こうした現場で汗を流してくれた学生さんたちが、河川管理の現場へ入ってくれれば、きっとアユをはじめとする川の生きものと人が共生する知恵を見つけてくれることでしょう。 

article_110_10.jpg
article_110_11.jpg
産卵場周辺に鳥よけのテグスを張っている様子。右側の写真の右手に見えるのは、密漁監視のための小屋。

 産卵場整備の最後の仕上げは、産卵のため無防備になっている親アユたちをサギ類やカワウの食害からまもるため、産卵場周辺に鉄筋の杭を打って、テグスを張っていくことです。
 こうして1週間あまりかけて、ようやく産卵場を整備して、今度はアフターケアーもしっかりしなければなりません。

 産卵のために集まってくるアユたちを狙っているのは、鳥たちばかりではありません。夜間も泊まり込みで密漁監視をしてもらうため、監視小屋も建てなければなりません。

article_110_12.jpg
article_110_13.jpg
物部川での子供たちのためのアユの産卵観察会の様子。

 こうして人手と経費をかけて人工的に産卵場をつくると、産卵場を造成するために重機で河川敷をならすので、産卵場のすぐそばまで、近づくことができます。そうすると、普段は一般の人にはなかなか目にすることができないアユの産卵のシーンをタイミングが良ければ、目の前で見ることができるのです。

 上の写真のように、流域の小学生たちがアユの産卵観察会に来てくれた時は、目の前の小石を持ち上げてそこに粟粒ほどの大きさの透き通ったアユの卵を見ることもできました。そのときはまた、地元のTV局にもご協力いただき、水中カメラをセットし、モニター画面で目の前でアユが産卵する様子も観察できました。
 モニター画面にアユの産卵の瞬間の様子が映し出されると、子供たちのあいだから思わず大きな歓声があがりました。

article_110_14.jpg
article_110_15.jpg
鏡川トリム公園付近での子供たちのためのアユの産卵観察会の様子。

 高知市内を流れる鏡川でも近所の小学生たちが、鏡川漁協や鏡川魚の道をつなぐ会の協力でアユの産卵観察会を行いました。参加した小学生たちも身近な鏡川(かがみがわ)で、こんなドラマが繰り広げられていることに驚いたようで、小石に付着したアユの卵を興味深そうに見つめていました。

 アユの卵は特別の許可をもらって、付着した小石ごと水槽に入れて学校へ大事に持ち帰り、アユの仔魚が孵化するのを待ちます。朝登校してきた子供たちが、水槽の中に糸くずのような孵化したばかりの仔魚を見つけた時の驚きと喜びの表情が目に浮かぶようです。

 来春のアユの遡上期にもここで観察会を企画しており、銀鱗を躍らせながら堰の下で飛び跳ねる稚アユを目にした子供たちは、命のつながりを感じ取ってくれることでしょう。
 こうして本物の命のつながりのドラマを目にした子供たちは、自分自身や人の命の大切さも言葉だけでなく、身をもって体感してくれることと思います。

article_110_16.jpg
article_110_17.jpg
産卵がピークともなれば、日中でもこんな光景を間近に見ることができます。(依光良三氏撮影)

article_110_18.jpg
article_110_19.jpg
命のバトンタッチの大役を見事に果たしたアユたち。

article_110_20.jpg
article_110_21.jpg
流されてくるアユをミサゴ(左)やトビ(右)が見事にキャッチ。(依光良三氏撮影)

article_110_22.jpg水際では、サギたちが待ち構えている。(依光良三氏撮影)

article_110_23.jpg
article_110_24.jpg
水辺最強のハンターカワウ(左)とアユをキャッチしたシラサギ。(依光良三氏撮影)

article_110_25.jpg
article_110_26.jpg
小石に産み付けられたアユの卵とアユの卵を狙って集まってきたコイたち。

 アユの産卵は、だいたい日が傾いてから宵の口にかけてピークを迎えますが、最盛期となると日中でも活発に産卵します。そして産卵の大役を無事終えたアユたちは、体力を使い果たし、静かに流されて1年の寿命を終えるのです。

 そうしたアユたちを狙って、サギ類やミサゴ、トビ、カワウたちが水辺に集まり、しばしの饗宴を繰り広げます。水中でも、弱ったアユや産み付けられた卵を狙ってスズキやコイが集まってきます。こうしてアユたちは命のバトンタッチの大役を果たした後も、多くの水辺の生きものたちの命をつないでいるのです。アユが少なくなったり、いなくなったりすれば、こうした命のつながりもなくなっていくのです。

article_110_27.jpg
article_110_28.jpg
流下してきたアユ仔魚の調査の様子と採捕されたアユ仔魚(アルコール標本)

 小石に産み付けられたアユの卵は、水温にもよりますが2週間程度で孵化します。その孵化する時間帯も外敵に狙われにくいように夕方暗くなってから、ほぼ一斉に行われます。
 その時間帯に産卵場下流で、プランクトンネットで流下してくるアユ仔魚を採集し、計測すると単位流量あたりの流下仔魚数がわかります。

 そうした調査を11月ころから1月くらいまで、週1回くらいのペースで続けると、おおよそ産卵期間中にどのくらいのアユ仔魚が海に下ったか、いつ頃が産卵のピークであったかなどがわかります。過去の調査データでは、ピーク時には一晩に億単位のアユ仔魚が流下することも珍しくありません。シーズンをとおして四万十川では数十億尾、仁淀川では20~30億尾、物部川では10億尾くらいのアユ仔魚が流下し、海の環境条件が良ければ、翌年の豊漁が期待できます。

 ただ、どんなにたくさんアユ仔魚が海に流下しても、海の餌条件や外敵の条件といった環境条件が揃わないと必ずしも翌年の豊漁とは結び付きません。
 そのあたりが川と海を行き来するアユの資源管理の難しいところですが、われわれ人間ができることは、アユの産卵条件を整えてあげて、できるだけ多くの親アユに、できるだけ長い期間卵を産んでもらえるようにすることだけです。

article_110_29.jpg
article_110_30.jpg
四万十川の落ちアユ漁解禁日の様子(通称赤鉄橋付近の小畑の瀬にて)。

 高知県では古くから落ちアユ漁が盛んで、特に仁淀川や四万十川では、初冬の風物詩ともなっていました。よく落ちアユ漁は、産卵が終わったアユを獲っていると言われていますが、前述したように産卵の終わったアユは死んでいきます。したがって、落ちアユ漁は正確には、産卵がまだ終わっていない、つまりこれから産卵するはずの親アユを獲っていることになるのです。

 かってのように川も豊かで、無尽蔵とも思われるアユがいたころは、落ちアユの解禁までに産卵も十分に行われ、資源に与える影響も少なかったかもしれません。
 しかし、川の豊かさも失われ、アユ資源も減ってきて、海の環境条件も変わり、アユ仔魚の生き残り条件も厳しくなってくると、落ちアユ漁をいつまでも続けることは、アユ資源そのものにも取り返しのつかないリスクをもたらすことも懸念されます。

 そしたことから県下の他の河川と比べて河川環境の厳しい物部川では、今年も10月からアユ漁を全面禁漁としました。また、他の河川でも産卵場付近の下流部を禁漁にしたりして、実質的に落ちアユ漁を規制する取り組みが進んでいます。
 こうした取り組みが功をなし、自然も味方してくれて、来シーズンの豊漁につながってくれることを期待したいです。 

(仁淀ブルー通信編集部員 松浦秀俊)
●今回の編集後記はこちら