2017.01.13カニの旨い季節に「猿蟹合戦」とモクズガニを考えた

カニの旨い季節に「猿蟹合戦」とモクズガニを考えた

ズワイガニにタラバガニ。カニ料理のおいしい季節ですが、これら沖合で獲れるカニは、昔から有名な存在だったわけではありません。船の性能をはじめとする漁獲技術が発達してから広く知られるようになった食材です。

意外に思われるかもしれませんが、かつて多くの日本人にとって、カニといえば川で獲れるモクズガニのことを指しました。
沿岸性のワタリガニもなじみ深いカニですが、ご存知のようにカニは鮮度の落ちやすい食材。冷蔵庫などなかった時代、海で獲れたカニを美味しく安全に食べられるエリアは限られました。
日本中の川に棲息し、しかも内陸の支流まで遡上する……つまり生きたまま手軽に手に入るモクズガニこそが”ザ・カニ”だったのです。

article_06502.jpgモクズガニは年々減っている。

モクズガニは民話にも登場します。たとえば有名な『猿蟹合戦』。ストーリーは柿の実をめぐる復讐劇で、蟹、猿、蜂、そして石臼が出てきます。
柿が実る頃ですから季節は秋。秋は蜂が最も攻撃的になる時期でもあります。猿が出てくることから場所は山里。こうした状況から、主役の蟹の種類はモクズガニであろうという推測が成り立ちます。
山里の川で見られる蟹は、日本ではサワガニとモクズガニの2種しかいません。猿蟹合戦の蟹がモクズガニであると言える理由は、資源としては後者のほうが圧倒的に魅力的だからです。海で産卵をするため大挙して川を下り始める秋が漁の好機で、旬の時期でもあります。
猿蟹合戦の蟹がモクズガニであることは『猿の尻はなぜ赤い』という別な民話からも推測できます。蟹にいたずらを仕掛けた猿がお尻を挟まれ、以来、猿のお尻は毛がなくなって赤くなり、蟹のハサミに毛がふさふさするようになったというものです。
猿蟹合戦では、もうひとつ重要な証拠があります。臼の存在です。なぜ生きものたちが主役の物語に唐突に臼が出てくるのか。それは、モクズガニ料理には欠かせない調理具だったからなのです。

article_06503.jpg『猿蟹合戦』に臼が出てくる理由。

モクズガニの胴体は、大人の握りこぶしほどあります。身の味がよく見かけも貫禄があるのですが、大きさとしてはやや中途半端。海のカニのように脚の中に詰まった身を取り出して味わうということができません。お腹の中の身も同様で、殻ごと茹でるとなかなかきれいに食べられない。つまりムダが出ます。
そこで昔の人は、臼と杵で殻ごと餅のように搗き潰し、搾ったエキスを汁にする食べ方を考えました。
旬のモクズガニは身だけでなく、みそと呼ばれる肝臓や卵巣も充実しています。タンパク質の量が多いので、お湯に入れると溶き卵のように固まります。利用効率がとても高く、食べるときに殻もじゃまになりません。
ガン汁、ガニ汁、ツガニ汁といった呼び方が一般的で、味付けは味噌、醤油、あるいは塩のみとさまざま。東北の北上川では、練ったそば粉や小麦粉を薄くのばした「はっとう」を入れることから「蟹ばっとう」、奄美大島では、その見た目から「ふやふや」と呼びます。

article_06504.jpg北上川の蟹ばっとう。

蟹の旨みがたっぷり溶け込み、何杯でも食べたくなる汁料理なのですが、作るのにとてつもなく手間がかかることと、モクズガニ自体が激減していることから、急速に忘れられつつあります。
川漁の健在な仁淀川では、今もかろうじて残っているようです。
これからも大事にしていきたい文化のひとつです。地域の自然に根差したこのような郷土料理にこそ、食の世界遺産という称号がふさわしいと思います。

(仁淀川資源研究所所長 かくまつとむ)
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