2021.09.24「女性アユ釣り師が友釣りのリアルを実況中継!」第3回「仁淀川本流の大物釣り」
9月に入ると思い思いの支流に散っていたアユ釣り師たちは仁淀川本流に戻ってくる。
大物釣りのシーズンが始まるからだ。私たちもそのころになると支流の出荷用中型アユの在庫確保ができて、仕事ではない趣味のアユ釣りを心おきなく楽しむ時間がとれるようになる。9月某日、筏津ダム上流の本流に大アユ狙いで入渓した。
四万十川と違い仁淀川ではなかなか尺アユ(体長30.3cm以上)は掛からないが、25cm超はときどき掛かる。四万十川にサイズではかなわないが、仁淀川は大手釣り具メーカーのアユ釣り全国大会会場に選ばれるほどアユ釣り師の間では「一度は竿を出してみたい憧れの川」だ。シーズン中は、私と夫が経営する会社「鮎屋仁淀川」の販売用のアユ釣りが優先なので、アユの主食である藍珪藻の状態がよく、体長20cm前後の料理しやすいサイズが釣れる仁淀川上流の支流で釣りをするので本流で竿を出すことはない。
この日は、本流の筏津(いかだづ)ダムの上流部、仁淀川町大崎地区の国道下で竿を出すことにした。毎年、大物狙いで訪れる場所で、流れの強い流心や大岩周りの深場、幅広い瀬肩など、ポイントが多く飽きさせない。昨年のシーズン終盤、私自身のベストレコード27.5cmのアユを釣り上げたポイントでもあり、今年はその記録更新を狙っての入渓だ。
本流の釣りは、いつもと違う緊張感がある。支流と比べ川幅が圧倒的に広く、水量があり流れも速い。川底の石の詰まり方や大きさも違う。大きな石が水の力で上流から運ばれてきて、川底の石にそっと乗っている状態で、うっかり足をのせて体重を掛けるとコロッと動き、足を挫いたり転んだりしやすいので気をつけないと危ない。
アユが掛かったときの取り込みの動作も支流のようにはいかない。
通常は竿の弾力を使って手前まで引き寄せ、オトリと掛かりアユの2匹を一気に水中から空中に抜き上げ、玉網でキャッチするのだが、掛かるアユが大きいため、抜き上げるのが難しい。泳ぐ力も強く、取り込むまでは野アユと人間との力比べ状態になる。だから玉網に取り込んだ後もしばらく肩や上腕がパンパンになる。
流心に入られたり、急な瀬に入られるとアユの引く力に水の流れの圧力が加わる。むりやり竿を立てると仕掛けを切られるおそれがあるので、足場の不安定な川の中を、掛かりアユと一緒に緩い流れの場所まで下らなければならないこともある。また、大型のアユになると掛かったハリをへし折られたり、仕掛け糸ごとオトリも一緒に持って行かれたり(釣り師の隠語でセットバラシという)、やりとりの途中でハリが外れたりの事故が多発し、掛かった野アユの回収率(打率)が圧倒的に低下する。
大物釣りはまず、オトリの確保から始まる。
前日に体長18cmほどの天然のアユを3尾確保してあったが、正直これでは小さい。まずは本命のポイント手前の緩い流れの瀬肩(瀬になる直前の表面が鏡のようになった流れ)で、20cmをちょい超えるサイズの野アユ2尾を掛けた。これがオトリになる。
これで準備OK。いよいよ確保したオトリを使い、昨年27.5cmを釣り上げたポイントに仕掛けを投入する。狙うは対岸近くに腰を据える大岩だ。その足下の深く切れ込んだところの水色がなんと表現したらいいのだろう、深くて濃い藍色の水を纏っている。「仁淀ブルーにはこんなに深い青もあるんだ」と思わず見入ってしまったほど美しかった。するとその深い藍色の向こうで大きな魚影が行ったり来たりを繰り返している。
一瞬「あれ、アマゴかな?」と思ったが、よく見ると大岩の側面の苔を食む仕草をしている。体が横になった瞬間、白いお腹と胸の黄色い追い星が見えた。
「アユだ! 大きい! あんなおおきなアユ、初めて見た。」
すぐにその仁淀ブルーの深みにオトリを送り込んでみたが、反応がなかった。こちらの存在を察知して警戒してしまったようだ。この日は諦めて出直すことにした。
数日後再びチャンスがきた。広島から遠征してきた大物狙いの知人たちをまじえて仁淀川町大崎の同じ場所に5人で入った。
大アユを目撃したポイントは流れの変化が少なく、川底が深く底石の状態もわかりづらいポイントだったようで、だれも大岩の周りに入らず、残った私が自然にそこに入ることになったのは幸運だった。
最初は数日前と同じように、手前の緩くて釣りやすい流れでポツポツと手ごろなサイズのアユを掛けていた。それでもここのアユは体高があり、同じサイズでも支流のアユよりひとまわり大きく見える。
順調に釣りを続けているうちにチャンスがやってきた。新しく替わったオトリからそっと手を離すと、尾ビレを元気に振りながら大岩の前に向けてまっしぐらに泳いでいく。そして…。岩の前まで到達するといきなりクルッと向きを変え、急に泳ぎのスピードが上がった。
「はて、群れアユと一緒に泳ぎ始めたか」
と思っていたら、ピピン! と目印が縦に振れた。群れアユの一匹が仕掛けに触れたのだろうと思っていたが、そのままピタリと目印が止まって動かない。
「あれ? 今度は根掛かりか?」と少し竿を持ち上げ糸にテンションをかけた瞬間、グググンと手に重みが掛かってきた。竿が中央辺りから満月のようにしなっている。
「あ! 掛かってる!」
今までに経験したことのない重みが竿を通じて両腕に伝わってくる。
野アユは掛かるとたいていは上流か下流のどちらかに走るものだが、これは仁淀ブルーの深い底に向かってグングンと潜行していく。
「う~ん、これは大変だ! ぜんぜん上がってこない・・・・・・」
どうすることもできず、ただ竿を両手で支えて必死で耐えている私を見て、上流側で竿を出していた知人が「これはすごいぞ! デカい!」と大声を上げた。私は数日前にちらりと見た大物のアユを思い出していた。
同行の釣り仲間全員がギャラリーに変身して口々に「おお!」「すごいなぁ」と言いながら私のやりとりを眺めている。いよいよアユと私の根比べ、持久戦になった。ちょっとでも浅い所に移動したくてジリジリと後ずさる感じでどのくらいの時間が経過しただろうか。
ハリが折れないか、仕掛けやハリスが切れないか心配になってきたころ、ようやくオトリアユが水面に顔を出した。掛かりアユはまだ水中だが、ここまで来ればこっちのもの。私は竿を持った両手を大きく上に伸ばし、めいっぱい竿を立てると、ゆっくりと仕掛けが足元まで寄ってきた。オトリと掛かりアユの2つが連なった仕掛けを左手で持ち上げて玉網に収めた。
周りで見ていたギャラリーたちから期せずして拍手と歓声が沸き起こった。タモに収まった野アユを見た。オトリよりもひとまわり、いや、ふたまわりも大きいアユが尾ビレを振って暴れていた。
日を変えて、本流のもう1か所の人気ポイント仁淀川町寺村でリベンジを期したが、この日は同行者が26.5cmの大アユを釣り上げた。本流の大物釣りはまだ始まったばかり。
本流では今年も10月半ばまで多くのアユ釣り師たちが竿を満月に絞って大アユと格闘することだろう。もちろん私も残り少ないアユ釣りの日々を数えながら何度か通うことになるだろう。
大増水の時以外ほぼ毎日、雨の日も風の日も仁淀川で竿を出しアユを釣っている全天候釣り師(仁淀ブルー編集長の命名)の私たちだが、じつは自宅近くの加工場に戻ってからも毎日重要な仕事が待っている。現地で氷入り塩水で〆たアユをきれいに洗い、真空パック冷凍処理を行う。アユはいたみやすい魚なので、釣ったその日のうちに作業を済ませてしまわないといけない。見た目にはわかりにくいが鮮度が落ちたアユは、焼いたときにお腹が割れて商品にならない。「鮎屋仁淀川」のモットーは「釣りたての味をそのままに」。だから「アユの味のいのち」である鮮度にはとことんこだわっている。
アユの処理が終わると、次は夫と手分けして翌日の出荷作業と、顧客からの問い合わせメールへの対応や受注データ処理を行う。PCや事務作業は私が担当し、夫は在庫や商品管理などを行っている。そのあと夫は仕掛けの修理や道具の手入れ、私は「鮎屋仁淀川」以外の仕事をいくつか持っているので、そちらの対応や作業に追われる。
諸々の作業が終わるのはたいてい深夜2時か3時になる。夫は朝5時までかかったこともある。「鮎屋仁淀川」は夫とふたりで自分たちができる範囲で取り組んできた事業だから、案内のチラシやパッケージのシール、Webサイトのデザインも、夫婦で相談しながら進めている。
1年2年と続けるうちに、毎年ご注文いただくお客様や「お宅のアユでないといかん。」と言ってくれる飲食店もできてきた。「アユは苦手だったけど、お宅のアユを食べたらびっくりするほど美味しかった。」「届いたパックを開けたときの香りがいい。スイカの香りって本当ですね。」「アユの好きな友人に送って、毎年楽しみにしてくれている。」と、何よりも嬉しいお声をいただいている。私たちが伝えたかった仁淀川の「友釣り天然アユ」の素晴らしさが少しずつだが伝わっている。
事業は夫婦二人で営めるが、仁淀川の清流を守り、美味しいアユを育む環境は二人では作れないし維持もできない。流域の住民の方々の日々の努力、訪れる方々の努力、そして私たちのように川を利用する流域の人々全員の努力がないと「奇跡の清流仁淀川」を次の世代に伝えることはできない。
来年も仁淀川にたくさんのアユが遡ってくることを祈りながら、今日もまた「仁淀ブルー友釣りアユ」を求めて私たちは竿を出している。釣り場で見かけたら声を掛けてください。
(『鮎屋仁淀川』経営・西脇亜紀)
★次回の配信は10月8日予定。
「河原でカウボーイ流ソロキャンプ」をお届けします。
お楽しみに!
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