2021.03.12仁淀川支流の山奥で栽培・収穫される「和ハーブ」とは?

仁淀川支流の山奥で栽培・収穫される「和ハーブ」とは?

 仁淀ブルーな流れを生む山里に移住し、一風変わった農業(採集かも?)をしている人がいます。彼が選んだのは「和ハーブ」。その魅力と、驚くべき栽培を取材してきました。


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 仁淀ブルー通信2021.02.12号で少し触れた、小野義矩さんプロデュースのご当地クラフトコーラ「sawachina(さわちな)」。その味わいに欠かせない材料の一つがヤブニッケイという常緑樹の葉です。
「そのヤブニッケイをうちに収めてくれる人は面白いですよ!」という小野さんの情報で、仁淀川支流・小川川源流の山里を訪ねました。

article244_02.jpg 小川柳野地区。

 場所はいの町小川柳野。標高300~500mの山肌に何段もの石垣が積まれ、家の敷地や農地になっています。ここで和ハーブを栽培しているのが松岡昭久さん。山肌に点在する約三反の畑だけでなく、山に自生しているものも採取するので、扱う和ハーブはアリタソウ、クロモジの葉、ソバの若芽など何十種類にもなります。

article244_03.jpg 松岡昭久さん。隣にあるのはヤブニッケイの木。

 ところで「和ハーブ」とは何か? 
 それは2009年設立の「一般社団法人 和ハーブ協会」が定義しているのですが、要約すると「少なくとも江戸時代から日本で生育、栽培されていて、人々に利用されてきた植物」。松岡さんは「土佐和ハーブ協会」を立ち上げ、和ハーブの生産加工販売だけでなく、各種講演や料理のワークショップを行っています。また、エディブルフラワー(食用の花)も手がけています。
「栽培している花もありますが、なるべく野生のものを、東京や地元高知のレストランに出荷しています」。
 採取するエディブルフラワーの一覧を見せていただきましたが、「野の花ってほとんどが食べられるのかも」と勘違いしそうな多さでした。

article244_04.jpg 和ハーブ協会から出版されている書籍。

製薬会社の研究員から、和ハーブの栽培へ

 松岡さんは岐阜県山間部の出身。少年時代は山の森羅万象が遊び相手で、渓流でイワナを釣ったり、山菜や野草を採取しながら育ったといいます。
「小さいころから、知人の健康を願って山で薬草を摘んで届けるというのが日常でした」。
 大人になると松岡さんは製薬会社に就職し、研究の分野で成果を残しますが、しだいに心はずっと親しんできた山野草に傾いていきました。
「やはり自然と向き合おう、アンチバイオティクス(抗生物質)ではなく、自然の素材である和ハーブを通じてプロバイオティクスを目指そうと思ったんです」。
 2003年、松岡さんは高知県へ移住しました。

article244_05.jpg松岡さんが手がける和ハーブの商品。彼の和ハーブはお茶や、料理やスイーツの材料として利用されています。

地層に秘密が

「高知を選んだのは、温暖なので冬でも枯れない植物があるから。それから柑橘類が多いのも魅力的でした。長生きしたいんですよ(笑)、ビタミンCには抗ガン作用があるし、健康になれる。1年を通じて柑橘が途切れない高知県の暮らしって、すごいですよね」。
 移住後は3年ほど土佐市で暮らし、その後、松岡さんは現在の山里へ。それは偶然にも最適の引っ越しだったようです。
「その頃、牧野植物園(高知市)を訪ねたとき、高知県の地質の展示を見たのですが、びっくりしました。このあたりの大地は、石灰岩と蛇紋岩が入り混じっていて、いろんな地層が表面に現れている。つまり、山が一つ違うと、その地質に応じていろんな植物があるということなんです」。
 しかし、蛇紋岩から多く溶け出すマグネシウムイオンは植物の生理機能を妨げるし、石灰岩にはカリウムやリンが不足しています。つまり植物には厳しい土壌。
「だからいいんです。長い年月のあいだ、厳しい土壌に適合してきた和ハーブは有用成分が豊かです。高知県では、地域に適合した古くからの植物がまだ残っています。それは、素晴らしいことですよね」。

article244_06.jpg松岡さんの畑や家の近くに無造作に生えている和ハーブ。

驚きの耕作地

 松岡さんの和ハーブの畑へ。その景観はまるで藪や林です。しかしよく見れば、何やら見覚えのある植物が。
「集約的な栽培はしていません。肥料もあげない。自然に任せて、あちこちにいろんな和ハーブが雑草と一緒に生えています」。
 もちろん、この自然まかせの栽培法には理由があります。
「例えば和ハッカを集約的にハウス栽培すると、有用植物としての力が弱くなる。雑草と一緒に育てることで、和ハッカは生き残りのためにいろんな成分を備えるようになります」。
 たとえ和ハーブが虫に食べられても、病気になっても、ほったらかしだと松岡さんはいいます。しかし、栽培が破たんすることはない。集約的な栽培をしないこと、畑を分散していること、いろんな地質に恵まれていることなどがその理由のようです。

article244_07.jpg標高400mにある松岡さんの。この荒々しい環境がよい和ハーブを育てる。

 ところで、和ハーブなどの有用植物は、それが同一の種であっても育つ環境や収穫の時期によって品質が異なることがあります。その判別方法はと聞くと、「見ただけでわかります」と松岡さん。その鑑識眼は、少年時代から山野を駆け巡ってきた経験のたまものなのでしょう。
「わかりやすい見分け方としては、葉の太り具合。葉が細いのがいいですね。太った植物はあまり良くないことが多いです」。
 これからも、人の健康を助ける植物を探していきたいという松岡さん。
「ここにありそうだという目星はつかないので、気分のままに、とにかくこの地域の山に入っています。地表面をつぶさに観察しながら山を歩くんです。植物って、知れば知るほど面白い」。
 いつか、この仁淀川流域から、驚くべき有用植物が発見されるかもしれません。

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ra楽ku ……松岡さんの和ハーブを販売しています。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)

★次回の配信は3月26日予定。
「牧野富太郎の見た風景 5」 をお届けします。
お楽しみに!

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