2020.04.24「牧野富太郎が見た風景」 第1回 故郷で咲くヤマトグサの花

「牧野富太郎が見た風景」 第1回 故郷で咲くヤマトグサの花

 あっけなく桜の花の盛りが過ぎて、新緑の季節を迎えた2020年の高知。今を遡ること160年ほど、世界的植物学者・牧野富太郎は仁淀川流域の町、高知県高岡郡佐川町に生まれた。1862年4月24日――明治という時代がまもなく始まろうとしていた。ずいぶん昔のことだけれど、新緑の季節だったことは今と変わりない。これから1年、5回にわたって牧野富太郎が見た風景と季節と自然の巡りを想いながら、その94年の生涯をたどる。


article218_01.jpg牧野公園の入り口に置かれた植物名プレートたちが出番を待っていた(写真はいずれも高知県佐川町甲の牧野公園)。

 いい季節に生まれたんだな。
 牧野富太郎ゆかりの地で思う、毎年の春の感慨である。
 けれど今年の春の明るい光は、深く暗い影もともなって、よりまぶしく感じられる。植物たちには変わりない春であろうけれど、人間には人混みや接触を避けるよう告げられている。
 ここ「牧野公園」は、高知市内から車で1時間足らずの佐川町にある牧野博士ゆかりの地だ。牧野は40歳の明治35(1920)年、東京から故郷の佐川町にソメイヨシノの苗を送った。
〈日本中を桜で埋め尽くし、飛行機から眺めたい〉
 それほどに博士は桜を愛した。
 町内の有志たちは「奥の土居」と呼ばれていた青源寺の土手などに植え、町を桜の郷とすることを夢見た。しかし戦時の食糧増産のための開墾で、桜たちは居場所を失う。戦後になって博士の思いは継がれ、町は「奥の土居」の土地を購入して「牧野公園」と名付けた。

article218_02.jpgトサノミツバツツジの花と新緑のコントラストに見惚れる。

 オンツツジ、シハイスミレ、ヒゴスミレ、ヤマトグサ、ヤマシャクヤク、アオテンナンショウ、コンロンソウ……牧野が命名した植物などの植栽場所を示す春バージョンの園内マップを手にして、牧野公園を歩く。
 なんというぜいたくなことだろう。
 公園は牧野ゆかりの植物を町がリストアップし、「牧野公園はなもりC-LOVE」のメンバーらが入念に手入れをしている。強い外来種や見栄えのする園芸種を植えるのではなく、日本古来の植物による公園にしようとしている。 
 そう、それは牧野少年が見た自然風景の再現である。

article218_03.jpg「牧野博士命名種」と園内マップで紹介されているヤマシャクヤクの花。

 牧野は、3歳で父、5歳で母、6歳で祖父を失った。著書に綴っている。

〈両親共に三十代の若さで他界したのである。私はまだ余り幼かったので父の顔も、母の顔も記憶にない。私はこのように両親に早く別れたので親の味というものを知らない〉「牧野富太郎自叙伝」(講談社学術文庫)

 親の味を知らぬ牧野少年は、佐川の豊かな野山に遊んだ。彼の関心は植物にとどまらず、天文、地理、漢学、英語、音楽などに広くおよんだ。造り酒屋と雑貨店を営んでいた生家の経済的な裕福さも、その関心の探究を支えた。私塾に通い、たくさんの本を買い求めた。小学校の授業なんて退屈なだけだったから、やめてしまった。牧野博士の最終学歴は小学校中退である。
 牧野公園を歩き、その多種多様な植物たちを眺めていると、とりわけ植物研究にのめりこんでいったのは、必然のことだったように感じる。植物学の研究材料は「実物」として、彼のすぐそばにあったのだ。
 愛する親友の名前を知らないという人はいないだろう。まだ名を持たぬ日本のすべての植物を命名し、きちんと分類する。それも世界に通用するようなフォームで。
 牧野の大志は、この故郷の豊かな自然によって育まれた。

article218_04.jpg牧野富太郎が高知県仁淀川町名野川で発見。大久保三郎とともに日本の学術雑誌で新種「ヤマトグサ」として発表した。牧野公園でも大切に育てられている。4月末までは花を楽しめそう。

 公園で感動的な出逢いがあった。ふと思い立って出掛けた春の牧野公園だったが、ちょうどヤマトグサの花が咲いていたのだ。
 よほどの注意を向けなければ、ほとんどの人が見過ごしてしまうだろう。小さく可憐な花である。公園には「ヤマトグサ(大和草)」のプレートが立てられ、花の開花を知らせる「咲」のマークもある。
 牧野は22歳のとき、仁淀川町名野川でこの植物を発見する。そして5年後、植物学者の大久保三郎とともに、この植物を「ヤマトグサ」と命名して「植物学雑誌」で発表した。和名「ヤマトグサ」とともに、世界共通の名前である「学名」もラテン語で記された。
 これは画期的なことだった。これまで日本の植物学者たちは海外の学者を頼って、海外の学術雑誌で新種を発表していた。牧野と大久保は日本人として初めて日本の学術雑誌で、自ら学名も付けて発表したのだ。

article218_05.jpg牧野公園の高台にある物見岩の周囲にも春色の花々たちが咲いている。

 春の風に吹き飛ばされてしまいそうなヤマトグサの花が揺れている。牧野が描いた精密なヤマトグサの植物図は今も大切に保管され、そして故郷の公園で花を咲かせている。

◆牧野公園とは

article218_06.jpg

牧野公園は、佐川町出身の植物学者・牧野富太郎博士により贈られたソメイヨシノの苗を植えたことを契機に桜の名所として整備されてきました。桜の老木化と再生事業を繰り返し、現在も桜の再生に取り組んでいます。併せて、牧野博士ゆかりの植物を楽しんでもらう公園として、2014年から10年計画でリニューアルを進めています。園内には「牧野公園ぼたにかるMAP」の春・夏バージョンと秋・冬バージョンが置かれていて、1年を通じて植物観察を楽しむことができます。園内マップは「さかわ観光協会」のウェブサイトからもダウンロードできます。
※高知市五台山にある「牧野植物園」とは違うのでご注意を。

(高知新聞社学芸部 竹内 一)

★次回の配信は5月8日予定。
「日高村の低山でプチ修験者になってみよう!」をお届けします。
お楽しみに!

●今回の編集後記はこちら