2019.12.20【アンコール記事】仁淀ブルーに誘われて~私の高知移住日記 『自転車編』(2017.10.27配信)

【アンコール記事】仁淀ブルーに誘われて~私の高知移住日記 『自転車編』(2017.10.27配信)

仁淀ブルー通信では、仁淀川流域に魅せられた移住者たちを紹介してきました。彼らが「なぜここに来たのか」をふり返るアンコールシリーズ。その後の近況もありますよ!
スポーツバイク(マウンテンバイクなどスポーツ用自転車)の専門店で店長をつとめ、関東やその周辺で数多くのサイクリングツアーを実施――そんなキャリアを活かそうと彼が選んだのは、仁淀川流域の野と、山と、里でした。

第6話 「自転車の魅力を熟知するプロフェッショナル参上!」
小野 義矩 (おの よしのり)さん(33歳)
神奈川県川崎市→いの町へ(2017年4月に移住)

 自転車――この、あまりにも日常的な乗り物。そのせいか、自転車の世界を甘く見ている人が多いのではと、わたくしは常日頃から思っていました。例えば自転車での観光開発。日本各地にレンタサイクルはありますが、その多くは手軽な移動手段でしかない。サイクリング愛好家を魅了し、「憧れのルート」「聖地」になるための努力や仕掛けはほぼない。無料配布されるサイクリングマップにしても、「作ったのはサイクリングしない人だな」というのが多い(観光パンフの焼き直しだろうか?)。
 そんなことを小野義矩さんにぶつけてみると、〈我が意を得たり〉という表情で話し始めました。

絶景の自転車イベントに関わる

「今年の6月4日、いの町で『UFOラインアタック』というサイクリングイベントがありました。定員150人のところに約220人の応募があり、大盛況でした。」
 UFOライン(町道瓶ヶ森線)というのは標高1100~1690mに位置し、石鎚山系の尾根に沿った約27kmの舗装路。この道を完全封鎖して自転車愛好家に開放、初心者から上級者まで仲間といっしょに和気あいあいと走る「ファンライド」を開催したそうです。

article_106_01.jpgUFOライン。

「でも当初はレース系のイベントを考えていたようです。それについて2月に意見する機会があって、僕は『レースはやめたほうがいい、ファンライド一本で』と言いました。」
 UFOラインは道があまり広くないしカーブもきついので、レースをすると落車の可能性が高い。しかも山奥。
「そんなリスクへの対応が確立されていないようでした。町が後援のイベントですし、一人怪我をしただけでも、今後の開催を考えるとイメージが悪い。まずはファンライドだけのほうが安全ですと提案させてもらいました。」
 また、ファンライドみたいなイベントの場合、これを機に久しぶりにスポーツバイクをこぐ初心者が少なくない。そしてその自転車は、しばらく手入れされていなかったりする。経験上それを知っていた小野さんは、一肌脱ぐことに。
「当日は、無料のプロメカニックとしてこのイベントのお手伝いをしました。初心者コースの参加者では、出発前のパンクが3、4件ありました。スタートできないという(笑)。手持ちのチューブがあったので、急いで直してあげました。」
 スポーツバイクなど、専門性のあるアウトドアスポーツで観光開発するときは、やはりプロの目線があったほうがいいと小野さん。ところで、プロの目線って?
「僕はスポーツバイクの販売や、ツーリングツアーをしてきたので、まずお客さんのことを考えます。『この自転車イベントやツーリングコースで、お客さんは楽しめるかな、安全かな』と。」

article_106_02.jpg仁淀川では、カヌー&サイクリングという楽しみ方もあり。カヌーを漕いでいるのは、雑誌「BE-PAL」などで活躍中のアウトドアライターの堀田貴之さん。

スポーツバイクが楽しめる環境を求めて

 小野さんは今年4月、奥さんと2歳の長男といっしょに川崎市から移住しました。6月には長女が誕生し、現在4人家族。四国には縁もゆかりもなかったといいます。
「ここに来る以前は、スポーツバイクのプロショップで店長をしていました。」
 それはスポーツバイク界の有名ブランドである「TREK(トレック)」の専門店で、小野さんは年間200台以上の組み立て・整備をしていました。また、ロードバイクやマウンテンバイクのツーリングツアーも行うなど、そのプロショップでの7年間は充実していたようです。「TREK」を扱う店としては、単月の売り上げが日本一になったことも。
「でも、家族との時間がもっとほしい、子育てをしたいと思っていました。それから、スポーツバイクを、自分の趣味として乗る時間を増やしたいなと。自転車環境とアウトドア環境をより良いものにしたかった。」
 で、奥さんと相談した小野さん。暖かくて晴天率が高く、海山川が近く、子育てのこともあるのでそこそこの町で、という条件に合致したのが高知県。
「高知県については、昨年の夏の家族旅行が初上陸でした。移住の下調べではなく、四国に行ったことがなかったので、旅行してみるかというノリで。そのときの印象は、自然が近いなでした。高知市街から少し行けば里山だったり、仁淀川みたいにきれいな川があったり、夜には満天の星だったり。家族で、『こんな所、ないよね~』と言ってました。」

article_106_03.jpg「市街地のすぐそばに清流があるのが素晴らしいですよね。」

ゼロの環境で、自分のキャリアを活かしたい

 しかし、スポーツバイクで遊ぶ環境であれば、日本各地に優れた地域がありそうです。なんでまた高知県へ?
「福島、伊豆半島、八ヶ岳や信州など、ショップ主催のツアーでいろんなところを走ってきました。僕の先輩が長野県の原村に移住していて、そこもいいなと思った。美しい山々に囲まれ、自転車を楽しむ環境がすばらしい。でも、一人一台四輪駆動車の世界なんです。冬の雪がすごい、夏が短い。それに嫁とも話したんですが、育ってきた環境のせいか、海に近いほうが落ち着くなあと。また、初めての環境で、ゼロから何かを始めたいというのもありました。」
 では、いの町を選んだわけは?
「大学生のとき、研究論文で小布施町の町づくりを取材していました。」
 小布施町は長野県北東部の小さな町で、町づくりの成功例として知られています。
「それ以来、地方の町のことが気になるように。スポーツバイクショップのお客さんとツーリングにいくと、各地でシャッター通りが増えているのをよく見てきましたし。それで、田舎に移住するなら、これまでの私のキャリアを活かすことをしたいなと。それが可能な地域はどこだろうと、高知県の移住・交流コンシェルジュに相談したんです。」
 スポーツバイクを楽しめる環境があり、地域振興にも関われそう――コンシェルジュが紹介してくれたのがいの町と室戸市でした。
「どちらも魅力的だったのですが、交通の便を考えていの町を選びました。」

article_106_04.jpg「サイクリングルートの開拓や、町内の各施設で休眠状態だったマウンテンバイクを復活させたりと、地域おこし協力隊として自由に活動させてもらってます。」

 ところで、移住後の仕事について、あてはあったのですか?
「なにもないです(笑)。なにしろ、スポーツバイクで遊ぶ時間がもっと欲しいから移住、ですから(笑)。少しは貯えもあったので、半年ぐらいはのんびりできるなと。いざとなれば、まあ手に職はあるので、高知市街の自転車店で働くとか。また、『高知へ移住するなら、そっちでの自転車ツアーを企画してほしい』という要望がいくつかあったので、そういうこともできるだろうな~と、なんとなく考えていました。」
 ところが幸運なことに、いの町役場に地域おこし協力隊員として採用されることに。そしてなんと、小野さんの奥さんもそれまでの仕事を辞めることなく、高知市へ転勤というかたちに。もはや、神の力が働いたとしか思えませぬ。

小野さんが取り組み始めたこと

 さて、地域おこし協力隊となって間もない(取材時は約2ヶ月目の)小野さんですが、すでに実行に移していることがいくつもあるようです。その一つが地域活動の団体に関わっていくこと。
「この地域の景観や伝統行事、イベントなどは、地域活動の人たちのおかげで成り立っていることが多いんですよ。」
 河川敷の草を刈る、棚田の維持や整備、祭りの準備、5月の連休に仁淀川を泳ぐ「紙のこいのぼり」を作る――そんな地域活動をしている人たちが、小野さんにはとても魅力的に映るようです。

article_106_05.jpg5月の連休に仁淀川を泳ぐ紙のこいのぼり。この毎年恒例のイベントに小野さんは参加。来年の5月に泳ぐ鯉のぼりの下絵を描きました。(写真提供:小野義矩さん)

「そのなかには80歳以上の人もけっこういて、僕は頭が下がる思いです。また、彼らの地域への想いがすごい。教育のありかたや活動について、もっとこうしたら地域のためになるという想いが。そんな地域活動の内容や、関わる人たちのことを取材して、WEBなどで発信できる仕組みができたらいいなと思っています。」
 地域活動の担い手が高齢化していることも、小野さんを駆り立てている理由の一つ。5年後は、行事にしろ景観にしろ、誰がそれを受け継ぐのだろうかという地域がいくつもあるのです。
「行事の当日のことだけでなく、準備段階のことも広く知らせていきたい。『何日は準備のお手伝い募集』みたいなことも告知できるようになれば、いいですよね。」
 まずは、広く知ってもらい、気づいてもらい、関わる人が少しでも増えていけば……ということでしょうか。そして、それにはスポーツバイクも一役買いそうです。
「田園の風景を保持している人々の活動などに、スポーツバイクのツーリングを通じて触れてもらえたらいいですよね。そして、地域の景観や行事に関わる人の物語に光が当たるようになればいいなと思っています。」

article_106_06.jpg地域おこし協力隊として、マウンテンバイクが楽しめるコースを作成するときのキット(一本橋2セット、シーソー、でこぼこラダー、ジャンプ台)を小野さんは提案。既存の自然体験施設(オートキャンプ場)などで、低コストのアトラクションとして期待できます。
(写真提供:小野義矩さん)
◆その後の小野義矩さん◆
 この記事の後も仁淀ブルー通信に2度(2018.03.09配信号2019.05.03配信号)登場していただいた小野さん。彼がキーマンとなって実現したサイクリングイベント「GREAT EARTH高知仁淀ブルーライド」は順調に育ち、2020年5月には第3回が開催予定です。また、小野さんは地域おこし協力隊の活動をしながら、いの町中心街の古民家を改修して喫茶店「GOOD FIVE」も始めました。メニューはスパイスカレーやこだわりのコーヒーなど。今のところ営業日は土曜と月曜日ですが、最新の営業日・時間はGOOD FIVEのインスタグラムでご確認ください。
GOOD FIVEインスタグラム
article203.jpg小野さんの喫茶店「GOOD FIVE」。

★次回の配信は12月27日予定。
「宿泊とカヌーだけじゃない。かわの駅はおいしい!?」です。
お楽しみに!

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)
●今回の編集後記はこちら