2019.11.22仁淀川移動水族館、採集から展示まで驚異の舞台裏を覗いてみました

仁淀川移動水族館、採集から展示まで驚異の舞台裏を覗いてみました

「仁淀川移動水族館」という神出鬼没で、ちょっと変わった水族館を知っていますか? 仁淀川中流域の町、越知町にある宮の前公園に現れていたと思えば、最近は高知市内の中央公園にも進出しているようです。軽トラの荷台に組まれた展示水槽の中には、ふだんは仁淀川の水の中や川べりで暮らす魚や水生昆虫、両生類、水生爬虫類などが泳ぎ回り、動き回っていて、訪れた子供たちや少年の心を持った大人たちを魅了しています。今回の仁淀ブルー通信はこの「仁淀川移動水族館」の舞台裏をのぞいてみることにします。採集から展示までいったい誰がどんなことを行っているのか、仁淀川移動水族館長の作家・阿部夏丸さんに寄稿いただきました。

 移動水族館の始まりは15年前、僕の地元・愛知県豊田市で小学校の総合学習を行ったときのこと。学校の前を流れる矢作(やはぎ)川で子どもたちと魚を採取し、軽トラの荷台に並べた大きな水槽に入れたんだ。すると子どもたちの目が輝いた。「うわぁ、水族館みたいだ! 」それならば、棚を作り、大小10個の水槽を並べてみたらどうだろう。結局これが矢作川水族館の誕生につながった。何しろ、お金がかからないことと、川のリアルが伝わるのがいい。日本中の川に移動水族館ができたら愉快だよね。

article200_01.jpg仁淀川移動水族館のひな型は15年前に愛知県豊田市で始めた「矢作川移動水族館」だ。

 移動水族館の水槽の中にはペンギンやジンベイザメのような人気者も、アユやホタルのようなシンボルもいない。だけど、「へ~、まだ、こんな魚がいるんだ」と大人たちは昔を懐かしみ、「この川にいるんなら、オレも捕まえるぞ! 」と子どもたちはアミを持って川に入っていく。その川にいる当たり前の魚を見せることで、川と人をつなげること、これが移動水族館の意義であり醍醐味だと思う。

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 3年前、元ビーパル編集長で、いまは高知に移住して仁淀ブルー通信の編集長をしている黒笹慈幾さんから「仁淀川にも移動水族館がほしいなぁ」とお話をいただいた。黒笹さんには雑誌ビーパルの連載当時、ずいぶんとお世話になってきたので断ることなど出来ませんっ(笑)。これまで共に日本中の川をめぐり、魚相手の仕事をしてきた日本野生生物研究所所長の奥山英治さんと二人で、お手伝いをすることになった。奥山さんはフィールドに出ると、どんな立派な学者より有能で頼りになる男なのだ。

article200_03.jpg仁淀川のほとりにて。向かって左が僕、右が奥山英治さん。

 仁淀川移動水族館のこけら落としは、たしか2017年の夏だった。越知町の宮の前公園で水槽棚を作り、ペンキを塗り、看板に絵を描いた。そして翌日、子どもたちと一緒に仁淀川で魚を捕り、水槽に入れた。子どもたちがオイカワとヨシノボリをたくさん捕ってきたので、水槽がまるで川魚料理店の生簀のようになってしまった(笑)。「かわいいけど、おいしそうだね」「よし、唐揚げにしてみんなで食べよう」ということになった。こうした「手作り感」と「大らかさ」みたいなものも仁淀川移動水族館の魅力なんだ。

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article200_06.jpg2017年、宮の前公園前の仁淀川河畔に姿を現したした「仁淀川移動水族館」。

 移動水族館の素晴らしいところは、小学校やイベント会場など軽トラを停められる水平な場所であればどこにでも移動できること。設置は力仕事だけで簡単だが、その準備作業にあたる魚の捕獲や保管には少々手間がかかる。川にいる魚をすべて採る必要はないのだが、僕も奥山さんも大の魚好きなので、仁淀川にいる魚を全種類見せたくなってしまうんだ。そんな訳で20~30種類の生き物を採取するには、本流から小さな支流、田んぼの脇の細い用水路まで、何十箇所も見回ることになる。車で移動しながら朝から夜中まで捕り続けても、最低2~3日はかかるからむしろ準備作業の方が大変だ。

article200_07.jpg軽トラの荷台に積み込んだ採集道具。

article200_08.jpgこんな細い水路にもずんずん入っていく。

●採取の方法1(タモ)
  タモ、エビタモ、柄の長い磯ダモの3種類を場面に応じて使い分けている。僕たちは使わないが、投網、カニカゴ、ビンドウなども使う手はあるね。
  タモはガサガサ用。魚は人影を見ると草の中に逃げ込むので、そこにタモを置き足でガサガサとタモの中に魚を追い込む。この方法では稚魚から成魚まで、多くの種類が採れる。また、タモを下流側に構えて川底の石をめくると、石の下に隠れているテナガエビやモクズガニ、アカザなどが流されて下るので捕獲できるんだ。

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article200_10.jpg左からタモ、カニかご、ビンドウ。

 エビタモは夜間、眠っている魚を捕まえるのに有効だ。懐中電灯で照らしながら1匹ずつ静かに捕まえていく。もともとはテナガエビをすくうための小さなタモだが、魚も十分にすくえる。昼の川と夜の川は別世界で、昼間は姿を現さないシマドジョウやドンコ、カマツカなどが、夜は砂や石の上でぼ~っと寝ているから簡単に捕まるので愉快だ。

article200_11.jpg手に持っているのはエビタモ。

article200_12.jpgエビタモで捕まえたドンコ。

article200_13.jpgガサガサの網に入ったサワガニ。

 磯ダモの柄は4~5mもある。この長さを利用して支流の橋の上や土手から、「えい、やっ」と大きなコイやナマズを狙い撃ちで捕獲する。原始的な方法だが、魚との差しの勝負なので アドレナリンが湧き上がる。昼間は魚が逃げてしまうのでとても無理だが、夜は魚も油断しているようで、今回、高知市中央公園や越知町宮の前公園で展示したスッポンも、川底を歩いているところを土手の上から捕まえたんだ。

●採取の方法2(釣り)
 釣竿はオイカワやタナゴなどを釣るのべ竿と、コイやナマズを釣るリール竿を使い分けている。釣るよりタモで採ったほうが簡単だろうと思われがちだが、そうとはいえない。タモを持って近寄ると魚は逃げるからだ。その点、釣りは人の気配を消せるし、エサは魚を寄せ集める効果があるので、タモでは採れない魚を数多く釣ることができるんだ。

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article200_15.jpg狙った魚は絶対釣り上げる、釣りの達人・奥山英治さん。

 のべ竿ではウキ釣りをする。コツは狙う魚によって、ハリの大きさ、エサをこまめに変えること。タナゴやモツゴは極小のハリでアカムシを使い、フナはやや大きめのハリでミミズで釣る。同じ仕掛けでも、石の透き間を狙えばムギツクやアブラハヤが釣れるし、川底にミミズを止めればカマツカやチチブが釣れたりする。多くの種類を手に入れるには、どうしてもマメでせわしない釣りをしなくてはならなくなるよ。
 リール竿を使うのは、ぶっこみ釣りという方法でコイやナマズなどの大物を狙うときだ。短時間で釣りたいので、日暮れからの2時間が勝負となる。エサは捕まえた小魚や、スーパーで手に入れたサバの切り身で十分。水槽に入る30cmサイズが欲しいのだが、実際に釣れるのは50~60cmが多く、そんな魚はリリース(放す)かタッチブール行きとなる。

article200_16.jpg子どもたちがナマズの入ったタッチ水槽の前に貼りついて動かなくなってます。

article200_17.jpg10月26日・27日の2日間にわたって高知市中央公園で開かれた「第2回もくもくエコランド森林環境学習フェア」会場に出現した「仁淀川移動水族館」。

article200_18.jpgこちらは11月2日から4日まで越知町宮の前公園で行われた「おち まち そとあそび」会場の一画に浮き上がる「仁淀川移動水族館」。

 僕たちの採取の様子を見て「神業だ! 」といった人がいるが、もちろん神ではありません(笑)。
魚とりの経験値が少し高いだけ。何十年も川を見続けているので、川の流れや地形を見て、ここには何がいるなと想像できるんだ。また、一度捕まえた魚と場所だけは記憶しているので、翌年の採取のヒントになる。こうした才能は、子どもからは羨望の眼差しを浴びるけど、人生において役に立つことは、ほとんどないね(笑)。
 とはいうものの、相手は生きもの。季節によって棲みかを変えるので思うように採れないこともあるし、せっかく捕まえても、開館までの保管の段階で死んでしまうこともある。だから、採取の技術だけでなく、ヘこたれない心も必要になる。

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article200_20.jpg突然の大雨に増水した仁淀川から魚たちの活かしカゴを回収する奥山さん。

 そして、採取の大敵は大雨。増水して手も足も出ないことがあるけど、自然相手なのでこればかりは仕方ない。ただ悲しいのは、河川改修や道路工事などの影響で川底が平らになり、川がダメになってしまったのを見る瞬間だ。去年は10種類取れたのに、今年は2種類だけという川もあった。魚は人知れずいなくなるものだから、川に入って魚とりをする人間だからこそ気がつく環境の変化といえるんだろう。

★次回の配信は12月6日予定。
次回はアンコールシリーズ。2017.07.14配信の”仁淀ブルーに誘われて~私の高知移住日記 「運と縁編」”と、「その後の近況」をお届けします。
お楽しみに!

(仁淀川移動水族館館長 阿部夏丸)
●今回の編集後記はこちら