2018.11.09流域6市町村トップ・インタビュー「仁淀川と私たちの町」 いの町編

流域6市町村トップ・インタビュー「仁淀川と私たちの町」 いの町編

仁淀川流域6市町村で最大の面積がある、いの町。子供時代から仁淀川に親しんできた池田牧子町長に、川での思い出や、育った町並みのことをざっくばらんに語っていただきました。

第6回 いの町長 池田牧子さん
「懐かしスイッチ」が入る、仁淀川での遊びや流域の暮らし

仁淀ブルー通信編集長・黒笹慈幾(以下黒笹):仁淀川流域の首長インタビューも今回で最終回です。締めくくりに、歴史的にも産業的にも仁淀川とのかかわりが深い、いの町の池田牧子町長にご登場願いたいと思います。

いの町長・池田牧子さん(以下池田):みなさんご存じのとおり、いの町でも旧伊野町は紙の町で、仁淀川という豊かな水がなかったら製紙業での発展はなかったでしょう。町の産業の面で切っても切れない関係です。旧吾北村(ごほくそん)に目を向ければ、仁淀ブルーの原点ともいうべき透明で美しい支流がいくつもあります。仁淀川支流の枝川川(えだがわがわ)にある「にこ渕」などは、観光地として人気が高まっています。旧本川村(ほんがわむら)は仁淀川水系ではなく吉野川の源流ですが、こちらにも美しい流れがあります。2004年に伊野・吾北・本川が合併していの町になったのですが、ほんとうに清流とのかかわりが強い地域ですね。

黒笹:いの町の現在の人口は2万ちょっとですね。仁淀川流域6市町村では土佐市に次ぐ人口ですが、面積は一番広い。仁淀川に吉野川と、四国を代表する清流の大河が流れています。そのせいでしょうか、いの町はとにかく水辺の利用率は高いですよね。

池田:そうですね。仁淀川は、何年か前に発表された水辺の利用率で日本一でしたが、いの町では銀橋(仁淀川を渡る波川大橋)下の波川公園の河原などで休日に川遊びやバーベキューする人たちが多いですね。

article160_01.jpg波川公園の河原。

黒笹:僕は高知に移り住んで7年目になるんですが、来たばかりのころ一番印象的だったのは、夏の波川公園の光景でした。僕は海水浴には馴染みがありましたが、「川水浴」する人がたくさんいるという光景は初めてだった。

池田:越知町のスノーピークのキャンプ場みたいな設備はなにもなくて、ただの河原なんですが、キャンプする人も多いですし。

黒笹:そうですよね、なかなかプリミティブな場所ですが、キャンプや川遊びしている人は大いに楽しんでいるようです。高知市内の若い人が「ちょっとバーベキューしようか」となったときに来るのが、だいたい波川公園らしいですね。

池田:波川公園には、バーベキュー道具のレンタルや食材を用意してくれる「にこにこ館」があって、手ぶらで来てもバーベキューが楽しめるようになっています。

article160_02.jpg波川公園はバーベキューのメッカだ。

黒笹:僕の古い知り合いの外国人が高知に来たとき、「高知らしい景色を見せてくれ」と頼まれて、四万十川まで行く時間はなかったので、仁淀川の波川公園を案内したんですよ。すると「すばらしい、高知県とはこういう所なのか」と感動していました。季節は秋で川水浴する人はいないし、鉄橋や町並みも見えて大自然そのものという景観ではなかったのですが、とても気に入っていました。

池田:そうなんですか!

黒笹:高知県を初めて訪れる人に、この県のポテンシャルを見せるなら波川公園はとてもいい場所だろうなと思いました。高知城下や桂浜から少し足を伸ばせば来れますし、高知県の鉄板観光スポットになる気がします。

池田:手前味噌ですが、仁淀川っていい川ですよね。神戸から友達が遊びに来たとき、彼女は感動して、「仁淀川のことは誰にも言わん、人にたくさん来られたら困る」というんですよ。

黒笹:僕は釣り師だからその気持ちは分かります。いい川、釣り場は人に知られたくない(笑)。

article160_03.jpg春になるといの町の仁淀川ではサツキマスも釣れる

池田:釣りといえば、夏になると勝賀瀬(しょうがせ)あたりにはアユ釣りの人がたくさんいますが、その近くをカヌーが普通に下っていたりしますよね。あれはけっこう珍しい光景じゃないですか。

黒笹:アユ釣り師とカヌーの人たちは遊び場がかぶってしまうので、全国的にはあまり仲がよくなかったりします。でも、仁淀川ではお互いとてもうまくやってますよね。カヌーの人たちは釣り師の邪魔をしないし、釣り師のほうは、別に通り過ぎるだけだし、釣れるし、いいんじゃないのとおおらかです。東京の川では考えられない状況です。

池田:すごいなと思うんです、共存できているというのが。

黒笹:川はみんなのものというのが浸透している。そして誰が見ても「いいね」というのが仁淀川ですね。

池田:いの町の場合は、支流へ行くとどこを切り取っても仁淀ブルー。にこ渕は有名になりましたけど、それ以外にもたくさんスポットがあります。今まであまり知られていない見どころをこれからどんどん紹介していきたいですね。

article160_04.jpgいの町を流れる仁淀川の支流。町内いたるところに仁淀ブルー

高知県人の個性!?

黒笹:波川公園といえば、5月の連休の「紙のこいのぼり」がとても有名になりました。

池田:町政100周年記念として始まりました。1回だけのつもりが、毎年のイベントに。

黒笹:川の中を紙のこいのぼりが泳ぐという発想がすごい。よく考えついたなあと感心しています。いの町の伝統産業である和紙の素晴らしさも伝わってきます。川の中でもやぶれないというのがすごい。実現までにはいろんな試行錯誤があったのでしょうね。

池田:お風呂に和紙を漬けてテストしたりしたそうです。土佐市まで紙のこいのぼりが流れていって、それを拾いに行った、ということもありました(笑)。

黒笹:ビジュアルとしても美しいし、とてもいい取り組みだと思います。でも、僕としては、小さなことでいいので、継続しつつも毎年ちょっとずつ変化があるといいなと思っています。

池田:いろんな会合でそのような話も出ています。毎年同じじゃあ詰まらんよねと。それがですね、お酒を酌み交わしている席ではいいアイディアがバンバン出て、いろいろ盛り上がるのですが、お酒が醒めると「なんやったんやろう」ということが(笑)

黒笹:いかにも高知らしい(笑)。僕の高知移住での一番のカルチャーギャップがそこです。昨日あんなに盛り上がったのに、今日は全員が忘れているということがありますよね。

池田:そうなんです(笑)。飲み会のたびに盛り上がって、ああやろうこうやろうとなって、でも全然先に進まないという(笑)

黒笹:でも結局、何とかなってしまうのが高知県だなと、今は感じています(笑い)。

article160_05.jpgいの町紙の博物館でインタビューしました。

「懐かしスイッチ」が入る地域に

黒笹:いの町役場があるこの市街地ですが、土佐電鉄(とでん)の終着駅(いの駅)があります。

池田:終着駅のある町というのは貴重ですよね。仁淀川の水のおかげで製紙業が発展し、その紙を運ぶためにいち早く鉄道が敷設されたという歴史もありますし、何か観光にという想いはあります。JRよりも先に土電がこの町に来たんですよ。

article160_06.jpg土電終点のいの駅。
article160_07.jpg田舎町らしいのどかな終着駅。

黒笹:地方の路面電車なのに、頻繁に電車が運航していて、高知市街から来るのも便利です。公共交通機関利用の旅行者にも優しいですよね。で、終着駅を下りると懐かしい感じがする市街地なのですが、僕にはお気に入りの店がありまして。小鳥屋さんがありますよね。

池田:伊野駅近くのあの店ですか?

黒笹:あの小鳥屋さん、そうとうレベルが高いです。うちの子供が小鳥を飼いたいというので、高知でいろんなお店を探していて、いの町にいい小鳥屋さんがあるというので何回か覗いてみたんです。お店の中をインコが飛び回っているし、あるとき学校帰りの女子中学生らしき数人が「おばちゃ~ん」と店に入ってきて、鳥と遊んで、「じゃさよなら」と帰っていきました(笑)。ご存知ですか?

池田:あの店の彼女、土居さんというんですけど、小学校の同級生なんですよ。本当に小鳥が好きな人で、我が子のごとく育てています。

黒笹:その店で僕はオカメインコを買ったんですが、そのときも本当に丁寧に説明してくれました。大きなペットショップが幅を利かす今の時代にあらがうような小鳥屋さんですよね。僕は子供のころから小鳥がとても好きで、ああいう店が昔はいっぱいありました。

池田:私も鳥が好きで、小さい頃はセキセイインコを飼ってました。手に乗って遊んでくれて、本当にかわいいんですよね。

黒笹:その小鳥屋さんから少し西へ歩けば、仁淀ブルー通信でも記事にした「魚兼」があります。すごく驚かされた、ハイレベルな魚屋さんです。いの町の中心街には昔ながらのいい小売店がまだ生きているという気がします。

池田:そうなんです。まだお店が残っているうちに、中心市街地の活性化を何とか実現したいと思っています。いちど廃業すると、再びシャッターを上げるのは難しいです。

article160_08.jpgいの町役場があるあたりの商店街。
article160_09.jpgいの町の中心街には歴史的建造物がいくつか残っている。

黒笹:このあいだ、北海道の十勝地方に取材に行ってきたのですが、地元の人たちが「町おこしという言葉はやめませんか。これからは、『町おこし』でなく、『町づかい』です」と言ってました。例えば、町全体が大きなスーパーマーケットと考えて、いまある小売店をしっかりと使っていこうということです。それは、いの町の中心市街地活性化にも当てはまると思うんです。

池田:実は、私の実家はここの商店街で祖父の代からクリーニング店をしていて、今は私の息子が継いでいます。なので、町全体がスーパーマーケットという考えはすっと入ってきます。私が小さいころは、一歩家をでると、パン屋があってお魚屋さんがあって八百屋があって薬屋があって、という感じで、炊事しながらでもすぐ買い物に行けました。

黒笹:そういう昭和30年、40年代の町って、よかったですよね。

池田:当時はワクワクすることも多かったですよね。テレビが来たとか、冷蔵庫が来たとか。

黒笹:そういうのが家族の大きなイベントになっていました。貧乏だったけど、幸せな時代でした。あの時代のよい部分を失ったという「喪失感」が僕にはあります。その喪失感を癒すような雰囲気が、いの町の中心市街地にはありますね。

池田:懐かしい感じでしょうか。

黒笹:この町並みにはシニアをひきつけるものがあります。僕はそれを「懐かしスイッチが入る」といってますが、そのスイッチを入れる観光政策をすれば、時間もお金も余裕があるシニア世代が訪れて、「いの町、懐かしいね」と面白がってくれると思います。面白がるシニア旅行者が増えれば、若い人も引っ張られてくるはずです。

article160_10.jpg仁淀川によりそう、いの町の中心街。

高知は外国

池田:シニアに若い人が引っ張られてくる、というお話ですが、我が家には似たようなことがありました。私の息子が実家のクリーニング店を継いでいるのですが、なぜそうなったのかというと、おじいちゃんのクリーニングの仕事ぶりを見て、面白がって、継ぐことに決めたようです。こんなふうに、子を飛び越して孫が祖父母の暮らしや仕事に興味を持ち、後継者になったりすることがあるようです。

article160_11.jpgいのの商店街で育ち仁淀川で遊んだ池田牧子町長は、地元の人や自然に深い愛着を持っているようでした。

黒笹:地方の悩みとして、若い人が都会に出たまま故郷に戻ってこない、ということがあります。結局、若者が戻って来たくなるような準備をして都会へ送り出していないのでしょう。例えば、子供の頃にしっかり故郷の自然の中で遊ばせるとか。池田さんや息子さんは仁淀川で遊んでましたか。

池田:私は家から水着のまま、波川公園の河原に行ってました。水着を着て、タオルを巻いて、お金を何十円か握りしめて、自転車を走らせて。近所の4、5人の友達と一緒に「川行こう!」と。

黒笹:親はついて行かないんですね。

池田:それが普通でした。子供たちだけで、危ないことはしない、ということができていました。「権現のほうに近づいたらいかんで、あそこは水が巻きよるから」などと、安全に川遊びするための経験や知識をしっかり教え込まれていました。

黒笹:いい時代でしたね。

池田:うちの子供は二人とも関西の大学に行ってましたが、二人とも帰ってきました。小さい頃も大阪で暮らしていたので、大阪は楽しいんだけど、いの町は食べ物が美味しいし自然もいっぱいあるし、最高だと。長男には子供が二人いるんですが、しょっちゅう波川公園の河原に連れて行ってバーベキューや川遊びをしています。それは本当にいいことだなと思います。

黒笹:仁淀川でたっぷり遊んだ子は必ず仁淀川に帰って来る。本物の自然の中で遊べる環境があれば、ディズニーランドやディズニーシーはいらないと思うんですが。

池田:そうなんですよ。子供が小さいときにディズニーランドに連れて行ったんですけど、近所の公園で遊んだほうが楽しかったって言ってました(笑)

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UFOラインでの天空のドライブ(左上)や、家族でのんびり川下り(右上)など、自然遊びには事欠かないいの町。美しい仁淀川の流れ(左下)のなかでは、春のアユの遡上(右下)など、太古の昔からの自然の営みがくりひろげられている。

黒笹:子供たちにとって帰って来たくなるような故郷であり続ければ、縮みながらもなんとか生き残っていける地域になれると思います。

池田:私は自然だけでなく人も大事だと思っています。なにか集まったときに自分たちの周りにおっちゃんやおばちゃんがいて、わいわいやってて、見守ってくれているという環境が大切だと。

黒笹:人と自然、そのとおりですね。観光に話を戻すと、「人を見てもらう観光」というのがあります。「暮らしを見てもらう観光」と言いかえてもいい。高知の人たちの暮らしは、どこに出して、誰に視られても恥ずかしくない素晴らしいものです。最近は外国からの旅行者が増えていますが、英語なんか話さなくてもいい。身ぶり手ぶりで十分。高知は今のままで大丈夫。

池田:いまのままで、ありのままでいいということで?

黒笹:いまのままで、高知の魅力は外国人に伝わります。東京からやってきた異邦人の私から見ると、高知県は外国そのものです。たまたま日本語が通じるけど。高知は外国なんだから外国人がきても恐れることはないんです(笑)。

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いの町観光協会

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)
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