2018.08.24<仁淀川野鳥生活記>3 山の主、森の精霊

<仁淀川野鳥生活記>3 山の主、森の精霊

山道を歩いていると、とつぜん目の前の薮から轟音とともになにかが飛び出して、度肝を抜かれることはありませんか。視野の中に、赤っぽいメタリックな輝きに包まれた尾の長い大きな鳥が、一瞬だけよぎります。林立する樹木の間を、ぶつかりもせず、猛スピードで飛び去る姿は、あっけにとられるほど見事なものです。長い尾羽、大きな体、美しい飛翔、ヤマドリの存在感は、山の主と呼んでも決して大げさではありませんね。


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 ヤマドリは、小鳥のさえずりのような大きな鳴き声はだしません。かわりに、「母衣打ち(ほろうち)」と呼ばれる翼を力強く羽ばたいて、腹に響くような重低音の羽ばたき音を出します。春先の山に出かければ、ブルブルという地響きのような音が聞こえてくると思います。これが、ヤマドリの恋の歌であり、縄張り宣言でもあります。

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 縄張りを主張している時の羽ばたきは、落ち葉を数メートル先まで吹き飛ばすほど力強く、体型からは考えられないような見事な飛翔もこの翼あってのことかと納得させられるものです。求愛の時期に、数羽のメスを連れていることが多く、よく軽い羽ばたき音を出しています。メスたちを相手だと、やさしく音を出すというのは、それなりに会話ができているということでしょうか。複数のメスを連れているので一夫多妻と思われていましたが、最近の研究では、一夫一妻らしいということです。

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 鳥の写真を撮っている関係上、ヤマドリの撮りたい場面はいっぱいあるのだけど、警戒心が強い鳥なので、おいそれとは撮らせてくれない。一羽でも見事な姿なのに、2羽が長い尾羽を振り乱しての縄張り争いなどは、その筆頭だけれど、遭遇することはたまにあっても、夕方暗くなってからだったり、見通しの悪い林のなかだったりと、いまだ撮れてはいない。
 ヤマドリの縄張り意識や気性の激しさについて、何度か耳にしたことがある。山道でばったり出会ったときに、攻撃を受けて向こう脛を蹴られたとか頭を蹴られたとか、うらやましくて嫉妬に狂いそうな話がある。
 反対に、山に行くたびにヤマドリが出迎えてくれて、桃太郎に付き従うキジのようになついてしまったという話も時々聞く。一度でいいから、そんな体験をしてみたいものだ。

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 ヤマドリの巣は、自力で見つけたものは今までに1個しかない。それも、大昔のことなので、ヒナが生まれた場面は、まだ見たことがない。そのヤマドリの巣を友人が見つけてくれた。このチャンスを逃せば、もう次はないだろうと、ヒナが生まれるまで張り付いている決意で、2日経ち、3日経って、一週間目の午後、どうしても外せない用ができてしまった。嫌な予感はしたけれど、しかたなく、3秒に一回シャッターが切れるようにセットしたカメラを設置して、その場を離れた。翌早朝、大急ぎで巣をのぞいてみれば、嫌な予感は的中して巣の中は、ヒナが無事に孵化したことを示すように、きれいに割られた卵が残っているばかり、その場にへたりこんでしまった。気力を絞ってセットしてあったカメラを調べてみれば、大雨が降ってガスも出たらしく、ちょっとピンぼけのヒナが写っていた。
 まあ、鳥の写真の世界なんて、こういうものなんです(泣)。

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 山の主がヤマドリというのは、わたしの勝手な独断だけれど、では森の精霊は? と言えば、高知では、だれもがヤイロチョウと答えるのではないでしょうか。繁殖が最初に確認されたのが高知であるし、県鳥にも指定されていることだし。面白いのは、ヤイロチョウの学名はPitta nympha、英名はFairy Pittaと、どちらも妖精という意味合いですね。洋の東西に関係なく、同じような印象を受けるのでしょうか。

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 ヤイロチョウは、5月ごろに子育てのために日本の鬱蒼とした森に渡ってきます。全体としては、渡来数は少ない希少な種ですが、高知県では比較的多く見られます。高知では、鳴き声は「しろぺん、くろぺん」と聞きなし(鳴き声を言葉に置き換えたもの)され、大変印象的なさえずりですが、残念なのは、つがいになれば、あまりさえずらなくなってしまうことです。

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 さて、森の精霊だとか妖精だとか、ミステリアスなイメージを膨らませてしまいましたが、ちょっとだけ子育ての様子もご紹介しましょう。ヤイロチョウは絶滅危惧種に指定されている希少種なので、繁殖の邪魔をするようなことは避けなければなりません。慎重に距離をとり、10年ほどかけて少しずつ撮影した記録です。
 ヤイロチョウは、森の腐葉土が多い場所で、ミミズやムカデ、昆虫などを探して餌にしています。子育ての時期、ヒナに運ぶ餌は、90%以上がミミズです。落ち葉をひっくり返し、土中のミミズの気配を探り、つぎつぎとミミズを探し出して、それを何度も振り回し、ミミズの体内の泥などを絞り出してから、口いっぱいにミミズをくわえて巣に運びます。親鳥は、ミミズの体液や泥で汚れ、ぼろぼろの姿です。いわゆる汚れの無い妖精のイメージとは、ずいぶん違っているかと思いますが、栄養豊富なミミズをいっぱい食べてこそ美しい妖精になれるんだと思うことにしましょう。

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 写真は、無事巣立ちをむかえたヒナの兄弟が、巣から飛び立ったはいいが、飛翔力が弱いために絶壁を超えられず谷底に落ちてしまい、どうしようと思案しているところです。谷なので、四方を絶壁に囲まれているわけでもなく、下に降りればいいだけなのに、ヒナたちは、かたくなに上を目指して、なんども落ちてしまいます。

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 親鳥が餌を運んできて、頑張れと励ましているところ。ヒナたちは、巣から出てしまうと、最初弱々しくても、見る間に力強くなっていきます。苦闘すること20分ほどで崖を登り、森の中へと消えていきました。

 ヤイロチョウの子育ての様子。ミミズを口いっぱいくわえてきてヒナに食べさせ、糞をくわえて遠くに捨てにいきます。

(野鳥写真家 和田剛一)
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