2018.06.08<仁淀川野鳥生活記>2 古木に抱かれる命
仁淀川流域で古木としてもっとも有名なのは言わずとしれたひょうたん桜だろう。10年ほど前、高知に拠点を移してから最初にやったことは、この桜を見に行くことだった。そこには、顔見知りの第一線のプロカメラマンが何人も東京から撮影にきていた。改めて、人を惹きつけるサクラの古木の魅力のすごさを実感したものだ。
10年ほど前のひょうたん桜は、地元の方々のボランティアでライトアップされていた。夕暮れから、空がブルーに染まり、そして満点の星空をバックに、刻々と表情を変え、幻想的な桜絵巻が繰り広げられていた。わたしも、夜ごとに片道1時間半の道を車を走らせ通いつめた。しかし、生き物写真家のわたしとしては、桜以外にも別の狙いもあったのである。
ひょうたん桜は樹齢数百年というのだから、幹のあちこちに生き物が巣を構える洞が開いている。
そこら一体がライトアップで明るいのだから、生き物の動きをつぶさに観察できるし、デジタルカメラだとフラッシュなど使わなくても写真を撮ることができる。ただし、それまで平穏だった住まいが、いきなりあかるくなり、人間が押し寄せてくるのだから、生き物にとっては迷惑な話である。実際、日没30分後くらいから活動するムササビも、顔だけだして巣穴からでようとはしなかった。それでも、ほんとに嫌なら巣を変えればいいだけなのに、ずっと変わらず帰ってきていたのだから、どうしても嫌というわけでもなかったのだろう。やがて、9時を過ぎ、消灯すると待ちかねたように皮膜を広げ、夜空に吸い込まれていった。
古木に住む生き物と聞いて、だれでも真っ先にに思い浮かべるのはフクロウではないだろうか。ひょうたん桜でも、フクロウが子育てをしていた。鳥の場合は、子育ての時期は神経質になるので、ちょっと心配だったけど、無事巣立っていった。
高知のフクロウのヒナは、紫外線の影響ということでもないだろうけど、総じて色黒だ。しかし、ひょうたん桜で生まれたフクロウは、東北や北海道のフクロウのように色白だった。左がひょうたん桜のヒナ、右は標準的な高知のフクロウ。
旧大崎小学校の校庭のセンダンの大木、樹景は美しく、わたしの好きな木のひとつだ。今回、連載に使う写真は、数年前の写真なので、今はどうなっているのか確認に回ってみた。小学校が廃校になり、大きな工事も行われていたが、アオバズクはことしも帰ってきていた。
大きな洞で育った4兄弟、巣立ってからも飛ぶ力がつくまでの数日はセンダンにとどまっている。校庭で、子どもたちが遊んでいるのを珍しそうに眺めていた。
残念だったのが越知町の町中にあったセンダンである。車の通行の多い三叉路ぎりぎりに生えていたし、切り口を見れば幹の内側は空洞になっている。安全性を考えれば、止むなしの処置なのだろう。ここのヒナたちも、道路上に張り出した枝から下を通る車を、興味津々の表情で眺めていたのが思い出されて、ちょっと寂しい気分。
上の写真は、足摺岬の海岸で見つけたアオバズクである。通常は、夜の鳥であるアオバズクが、海岸のような明るくて丸見えの枝に止まることは決してない。アオバズクは、夏鳥として東南アジア方面から子育てのために日本に渡ってくる。その渡りは、命と引き換えのような過酷なものなのだろう。わたしが近づいても、逃げる気力もないほど疲れきっているのだ。これほど疲れているのでは助かるのか心配になったが、夕方にはいなくなっていたので、元気になって子育ての大木に帰り着いたと思いたい。
(野鳥写真家 和田剛一)
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