2018.05.11新連載! <清冽な仁淀川を生み出す源の森たち>1 水の峠(みずのとう)から雑誌山(ぞうしやま)

新連載! <清冽な仁淀川を生み出す源の森たち>1 水の峠(みずのとう)から雑誌山(ぞうしやま)

今回から<仁淀ブルー通信>に加えさせていただきます高知県在住の写真家・前田博史(まえだはくし)です。肩書きは”天然写真家”と言います。決して頭の中身が天然な訳ではなく、<自然の奥にある自然を動かしている源の波動を撮影する…>という意味なのでご承知ください。撮影対象は自然全般ですが、特にブナ林を含む原生的な森(残念ながら高知県では希少)を彷徨い歩くのが大好きです。

 さて、高知在住の方でも県外の山好きの方でも、「四国にブナ林があるなんて知らなかった!」という方が多いですね。ところが四国には、東北に負けないくらい個性的なブナがたくさんあるんです。という訳で、今後は美しい仁淀川を生み出すブナを含めた素晴らしい森を紹介していきたいと思います。
 今回は仁淀川町の芽吹きが始まったばかりの水の峠(みずのとう)から雑誌山(ぞうしやま)にかけてのブナの森を彷徨います。

article134_01.jpg雑誌山の中腹南面を流れ下る小郷川の支線谷。
水量が安定しているので、あたりの岩には苔がびっしりとついている。冬枯れの水量低下もほとんど無いようだ。これも稜線にあるブナ林の恩恵では…?

article134_02.jpg水の峠〜雑誌山は、仁淀川町(旧池川町)の国道439号に掛かる池川大橋手前を西に入り、土居川支流の小郷川を遡り詰めた、標高1,100mから1,300mの稜線が連なる山々だ。8合目付近を大規模林道が走っているので、アクセスは割と簡単。写真の奥に聳えるのは、水の峠付近から見た仁淀川最源流の県境にある山々、筒上山(左のピーク)と手箱山(右のなだらかな山)。標高が1,800mを超えるため、まだ春にはほど遠い感じの山容。

article134_03.jpg車道終点のカッコいい名前の「水の峠」に駐車、稜線を西へと歩く。しばらくの間はなだらかな道。1kmほどで急登になり、しばらく喘ぎながら登ると、低い笹の下生えがあるブナの森に辿り着く。新緑少し手前の葉のコントラストが美しい。

ブナの森

幹回りは平均すると1.5mくらいの中堅クラスが多いが、中には3mを超えるような大木もある。若いブナもけっこう育っていて、世代交代は順調に行われているようだ。下生えの笹の背丈が低いせいで、発芽しても良く育つのだろう。なんだか嬉しくなってくる。

article134_04.jpg幹回り3mを超える悠々とした老木。実に堂々たる立ち姿。
article134_05.jpg芽生えたばかりのブナの実生。光があまり無くても、双葉の養分でしばらくは成長できる。本葉が出かけているが、この後の成長は意外に早い。

早春を彩る森の花たち

article134_06.jpgオオカメノキ。
article134_07.jpgトサノミツバツツジ

 オオカメノキは別名ムシカリ。秋に熟した実を果実酒にするガマズミの仲間でブナ林に多い。春の早い時期に、純白の花が清々しい。
 トサノミツバツツジも早春の花。薄紫の淡い色が遠めでもよく目立つ。
 いずれの花も、まだ他の木々が完全に葉を出す前に咲き誇り、明るい色合いがよく目について心が華やかになる。

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芽吹きから新緑に向かうブナ。
葉を出すと同時に花も付けるのだが、今年はちょっと少ないようだ。葉の裏に伸びている房のようなのは雄花。この後続いて雌花も出てくるが、ブナ林ではそれぞれの木が開花の時期を少しずつずらしているようだ。いずれも近親交配を避けるためだと言われているが、その話し合いはいつ設けているのだろう。ぜひ一度聞いてみたい。

樹形、樹皮、木片…多彩な森の魅力

article134_08.jpg森の中に密やかに佇むヒメシャラの樹。
艶やかな赤褐色の肌が特徴的。この樹に女性性を感じるのは自分だけだろうか。夕暮れ近づく光の落ちた時に出会うと、一瞬ドキッとしてしまう。

article134_11.jpg四国のブナには斬新な姿をした樹が多い。それは育つ環境が厳しいからだろう。
かなり伐採されたという事もあり、四国のブナの生育地は、大体稜線沿いが多い。台風などの大風をまともに受ける場所である。折れたり曲がったりして、それでも必死にそこで生きていこうとする姿は、実に健気でしたたかだと思う。
このブナもメインの幹が折れてしまっているが、そこは傷口を気力で癒着させて、別の枝を太らせている。素晴らしい生命力に感服しきりである。

article134_12.jpg長い年月をかけて土に還ってゆくブナの木。
ここまで腐朽が進むと、あとは時間の問題だ。触ってみると、本当に土のよう。炭素なのに…と思ってしまう。

article134_13.jpgロクショウグサレキン…という変な名前の菌類に侵された木片。でも美しい! 広葉樹の林床には時としてお宝が(僕にとっての)転がっている。木片の樹種は不明。

article134_14.jpg西日を浴びて輝くブナの樹皮。
ここで生きてきた年月を反映した、実に勇敢で美しい顔だと思う。
これからもまだまだ立ち続けて欲しいと、心から願った。

(天然写真家 前田博史)
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