2018.03.30日本古来の美味に、秘境で出合う

日本古来の美味に、秘境で出合う

天皇の正月の朝食『御祝先付の御膳』の一品になるなど、古代から美味なるものとして食用されてきたキジ。次第になじみの薄い食文化になりつつありますが、いの町本川地区では、約30年にわたって名産品になっています。その飼育の現場を訪ねました。

 多くの人にとって、キジとはこんな動物では?
「桃太郎にお供したイヌとサルはわかるけど、キジってどんな鳥だっけ?」
「イノシシやシカは美味しかったけど、キジって食べられるの?」
 半世紀生きてきた私でも、食べる機会はゼロに近いキジ肉。どんな味だったかほぼ忘れていた昨年の11月、仁淀川のイベント『越知おいしいデイ・キャンプ』にて出合ったのが『手箱きじ』であります。

article128_01.jpg高知市帯屋町のレストラン『Se Relaxer(ス ルラクセ)』のシェフ・山本巧さんが腕をふるった、いの町本川産の『手箱きじ料理』。炭火焼やスモークハムなど。

 それは、香りや旨みだけでなく、〈食感も味〉だと再認識できる肉でした。噛むことで味が生まれ、それが心地よい余韻となっていく。〈食べる〉ってこういうことだなと、ハッとするような体験でした。
 大昔から食べられてきたうまい肉、キジですが、いまの日本では細々と続く食文化の一つになってしまいました。キジの飼育に関わる人はとても少なく、一説には十数軒しかないとか。

article128_02.jpgいの町本川地区は、四国第二位の大河・吉野川の源流地域。仁淀ブルーならぬ吉野川ブルーに出合える秘境です。

 その貴重な産地の一つが、いの町本川地区(旧本川村)。約30年前からキジの飼育とキジ肉の生産に取り組み、最盛期に5団体ぐらいが8000~10000羽を出荷していたのですが、生産者の高齢化などで存続の危機に陥りました。その火を消してはならぬと、現在は『本川手箱きじ生産企業組合』が孤軍奮闘、年間3500~4000羽のキジ肉を生産、出荷しています。

article128_03.jpg本川手箱きじ生産企業組合で飼育されているキジ。雄と雌のキジ肉を出荷している。

「キジは例年、4月から5月頃に卵から生まれます。それを鶏舎で7~8ヶ月間育て、食肉に加工するまでをここで行っています」とは、本川手箱きじ生産企業組合の理事長・山本周児さんと、理事で飼育担当の川村英一さん。二人は9年前頃からキジの飼育を始めました。
「未経験でしたが、先輩方のノウハウをもとに、自分なりの工夫をしてきました。」
 旧本川村でキジの飼育が導入された頃には、いろんな苦労があったそうです。
「雛のときは気を使います。生まれて40日目ぐらいまでは。このあたりの春先の夜は寒いので鶏舎をガスヒーターで暖房するのですが、暑すぎても寒すぎてもいかん。昔の組合のころは、ヒーターの温度管理がうまくいかなくて温まらなかったこともあったようです。すると雛は寒いので団子みたいに寄り添って重なり、なかに埋もれた子が圧死することもあります。雛は寝てしまうと、少々踏まれても起きないんですよ。」
そのころは3時間おきに見回っていたらしいと川村さん。いまは、夜の9~10時ぐらいまで温度チェックすれば大丈夫になったそうです。

article128_04.jpg本川手箱きじ生産企業組合の山本周児さん(右)と川村英一さん(左)。

 産卵は、大きな鶏舎の中に設置された、通称「ハーレム」と呼ばれる小部屋で行われます。
「雄1羽に対して雌を5羽入れます。床は砂地の地面で、ここに卵を産みます。」
 そして朝、決まった時間に卵を集めに行くそうです。
「しかし、繁殖期の雄のキジは攻撃的でね。卵を採りにハーレムに入ると、顔を真っ赤にして怒って追っかけてきて、つつきまわされることもあります(笑)。」
 文字通り雄キジの顔が真っ赤になるそうです。これは、繁殖期になると目の周りの赤い肉腫が肥大するから。
「採取した卵は、しばらく常温、または予冷庫で温度(13~14℃)と湿度を一定に保ちます。予冷庫から出した卵は、半日ほどおいてから孵卵器へ入れます。孵卵器のなかの温度は38℃なので、予冷庫からすぐに移すと 卵の温度が急激に変わります。そうすると孵卵器に入れたとき、卵の殻に露がついてしまい、よくないんです。なので、予冷庫の卵は、そこから出した後、少し時間をおいて孵卵器に入れるのです。」
 卵の扱いには繊細さが要求されるようです。

article128_05.jpg標高600mにある山あいの鶏舎と事務所。

 本川手箱きじ生産企業組合の鶏舎があるのは、吉野川に近い標高600mの山あいと、大森部落にある標高約700mの高台の2ヶ所。冬は寒さ厳しく、夏は比較的過ごしやすい気候がキジの味を良くしているそうです。
「飼育地での寒暖の差が大きいおかげで、脂の乗りがちがいます」と川村さん。それから餌にも特徴があるようです。
「いの町の農家さんから米や野菜や果物をもらい、配合飼料に混ぜて与えています。」
 果物は、なんと梨やブドウなど!
「梨もブドウも、そのまま与えています。ええ勢いで丸い梨をつつきます(笑)。ブドウは汁も飲んでますよ。飲みながらも食べている。野菜は、カボチャやキュウリ、ナス、ゴーヤ……。」
 それって、キジの餌として一般的ですか?
「他のキジ生産者では聞いたことがないですね。青物だったらキジは何でも好きです。野菜や果物を与えていることが、キジの肉の味にいい影響を与えていると思いますよ。科学的には証明できないんですが(笑)。」

article128_06.jpgカメラを構える私に突撃してきたキジ。たぶん、怒ってます。

 流通量は限られているし、キジ肉を食べる機会も少ないため、「献上手箱きじの評価の高まりは徐々にという状況」だと山本さんはいいます。
「料理人などからは、ほかの産地のキジより美味しいよと言われるんですが。だんだんと認知されているようです。」

article128_07.jpg上の画像のような本格きじ鍋が作れるセット(右画像)などを販売しています。
article128_08.jpg『きじのスライス・スープセット600 辛みそだれ付(6400円)』は6~7人前。

 四国でも有数の秘境で飼育されている『献上手箱きじ』は、ホームページ『土佐・本川、献上手箱きじ』で購入できます。また、その料理を手軽なスタイルで提供しているお店としては、献上手箱きじの鶏舎からほど近い『道の駅木の香』(木の香温泉)がおすすめです。ここのレストランではきじラーメン(1000円)やきじカレー(1450円)、きじ鍋御前(1990円)などがメニューにあります。また、売店では、きじ鍋を作れる『きじのスライススープセット』など、献上手箱きじ商品を販売しています。
 今や絶滅危惧種的な食文化であるキジ肉。低カロリー高タンパク質で、健康志向の方にもおすすめです。仁淀川を訪れたなら、少し足を伸ばしてぜひご賞味ください。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)
●今回の編集後記はこちら