2018.01.26<川遊び人の独り言>5 アマゴの冬季釣り場~海の近くでアマゴ釣り?~
北西の寒風吹きすさぶ冬の物部川下流。右手には高知高専の建物と飛行場のレーダー、下流に見える橋のすぐ下手は海。こんな所で、こんな時期に川の中に立ちこみ、もくもくと竿を振り続ける釣り師たち。いったい何を狙っているのでしょうか?
アユの産卵や落ちアユ漁も終わると、仁淀川をはじめ、県下の各河川の下流部は、釣り人の姿も見られなくなり、水量も減ってきて見るからに殺風景になります。アユシーズン中、あれほどにぎわっていた川の姿がまるで別の光景のようです。そんな殺風景な下流部にも、アユたちの留守の間、少しでも賑わいを取り戻そうと今冬、物部川下流部で、ささやかな試みが再開されました。
仁淀川支流の上八川川でのアマゴ冬季釣り場については、すでに一昨年、この通信で掲載されたとおりですが、実は物部川下流では、2000年からこの取り組みがスタートしていました。その後、諸般の理由で10年くらい取り止めになっていましたが、今冬から試験的に再スタートすることになりました。
みなさんの頭の中では、アマゴは上流部の谷の魚というイメージがあり、こんな下流でアマゴが釣れるなんて不自然だとお思いになるかもしれません。その疑問にお答えする前に、本来のアマゴの生活史を見てみたいと思います。
同じ川釣りの対象魚でも、アユは年魚とも呼ばれるように寿命はほぼ1年であるのに対し、アマゴは基本的には2年です。上の図にあるようにアユとほぼ同じ10~11月ころ上流部で産卵しますが、アユと違ってサケ科魚類であるアマゴは孵化した後もしばらくは、卵黄を抱えたまま石の下でじっとして、水がぬるむ春先になって浮上してきて、水生昆虫などの餌をとりながら、そのまま水温の低い上流部で大きくなっていきます。
そして生まれて1年目の秋ころになり、体長も10cmから大きなものでは20cmくらいになってくると、大半はそのまま上流部に残って冬を越しますが、一部は川を下って海を目指すものが現れてきます。上流部に残るものは、河川残留型アマゴと呼ばれ、体側にサケ科魚類の幼魚に特徴的な小判型のパーマークと呼ばれる斑点を残していることから、パー型アマゴとも呼ばれます。
このパーマークは水中では結構目立ち、餌環境の厳しい川の上流部で、アマゴ同士がお互いに生き残っていくためにけん制しあって、適当な個体間距離を保つのに役立っているようです。アマゴが同じポイントで次々と釣れ続けることがほとんどないのもうなづけると思います。
一方、川を下っていく個体は、スモルト型または降海型アマゴと呼ばれ、体側のパーマークもほぼ消失して、銀白色になり、知らない人が見ればまるで別の種類の魚のように思えます。この銀白色に見えるのは、グアニンと呼ばれる色素が沈着したもので、海水での浸透圧調整を図るために適応したものです。ただ、このスモルト型アマゴがすべて海に下るわけではなく、中には下る途中の中流から下流に春先までそのまま留まる疑似スモルトまたは通称”サボリ”と呼ばれる個体もいます。
このスモルト型の特徴は、体側が銀白色になるだけでなく、背びれの先端が黒く縁どられ、全体にスリムで、背側を上から見ると河川残留型が茶褐色なのに対して青く見えることです。
そうです。この特徴は、サバなど海にすむ青魚と同じで、魚を狙う海鳥たちからは上から見れば保護色になります。一方、海の底から狙ってくるスズキなど魚食性の魚にとっては、水面と同じ銀白色は保護色になります。
このようにスモルト型のアマゴは、海水の浸透圧に適応するためだけでなく、外敵から逃れるためにも、体色や姿形までうまく変えているのです。
では、同種のアマゴでありながら、なぜこうした生活型の違う個体が生まれたのでしょうか。近年の研究によると、アマゴなどサケ科魚類はもともとは淡水だけで生活史が完結していたようですが、長い進化の歴史の中で、厳しい寒冷化の時期を乗り切るために、餌の豊富な海にまで生活圏を広げていったようです。でも、産卵の時だけは外敵が少なく、安全な川に戻ってきているのです。
上の表は、戦前のある年における西日本の河川のマスの漁獲高を示したものです。このマスというのがサツキマスと考えられ、淀川をはじめ現在では考えられないような都会の近くを流れる川にもサツキマスが当たり前に生息していたことがうかがえます。高知の川では、奈半利川(奈半間川となっていますが、間違いだと思われます)だけですが、これは記録が残っている川だけを記載したものなので、実際は仁淀川や物部川など県下の多くの川でも生息していたと考えられます。
仁淀川でも上八川川でのアマゴの冬季釣り場の取り組みが始まってから、本流の中下流部で大きく育ったスモルト型のアマゴやサツキマスが春先から目に付くようになりました。残念ながらそれらの個体も、本流にはダムがあるため、秋まで生き残っても産卵場までたどり着くことはできません。ただ、支流の上八川川では、うまくさかのぼっていけば、産卵場までたどり着き、在来の河川残留型のアマゴと一緒に産卵を行うことが可能です。
私たちの目につかないところで、まだそんな営みが続いているのかもしれません。
このように同じアマゴでも、生活型の違いによって河川残留型とスモルト型に別れ、この両者は、見た目が異なるだけでなく、釣りのターゲットとしてみた場合、その性質もかなり違いがあります。河川残留型は、水温も低く餌も少ない上流部で冬を越すので、餌を活発に取ることもなく、禁漁期間中ということもあって、冬場は釣りのターゲットにはなりません。一方、スモルト型はもともと成長の早い雌が多いこともあり、比較的水温も高く、餌の豊富な中下流部では、冬場でも活発に餌を追い、フライやルアー釣りのターゲットとしてはもってこいなのです。
こうして、11月中旬に養魚場で育った20cmオーバーのスモルト型アマゴを選別して、物部川下流に放流しました。10日余りたつと放流したアマゴたちも自然の川になじみ、餌の水生昆虫を追うようになり、そのアマゴたちが食べている水生昆虫に似せたフライ(毛ばり)で釣るわけですが、放流したアマゴと思ってなめてかかると痛い目にあいます。
それは、この時期に彼らが主食とする餌が、ミッジと呼ばれるユスリカやコカゲロウといった米粒くらいの大きさの水生昆虫だからです。フライフィッシングのベストシーズンである春先には、大型のカゲロウ類やトビケラ類といった大豆粒大の水生昆虫が主となり、比較的釣りやすいですが、この極小フライを扱うミッジングという釣り方は、それなりの繊細さが求められます。
どんなに繊細な仕掛けを工夫し、フライを本物に似せても、所詮は糸の付いた偽物なので、流れが緩やかなプールのような水面では、彼らに偽物ということを見破られます。本物の虫には盛んにライズするのに、そのすぐそばを流れるフライには見向きもしないということがほとんどです。でも中にはそそっかしい奴がいたり、時には餌となる水生昆虫が大量羽化して、集団でハメをはずすこともあります。そんなワンチャンスを狙って、寒風の中もくもくとフライを投げ続けるのです。
「ミッジングを体験したフライフィッシャーは、必ず釣りがうまくなる。それは、ミッジングと呼ぶ極小フライの釣りの中に、フライフィッシングの否、釣りの基本のすべてが含まれているからである。」これは我が国の代表的なフライフィッシャーであり、テレビの釣り番組「THEフィッシング」で長年フィッシング・キャスターを務められたテツ・西山こと故西山徹さんの言葉です。
西山さんは、物部川流域のご出身で幼少時の物部川での釣り体験が長じて、世界に羽ばたく、日本を代表するフィッシャーになられたのです。生前に里帰りされたときは、物部川をはじめ県下の川でよくアユ釣りもされ、私も何度かご一緒させていただきましたが、釣技もさることながら、そのお人柄も「THEフィッシング」でのイメージ通りの素敵な方でした。
高知のフライフィッシャーたちとも気軽に交流され、釣り場つくりなどについても色々アドバイスをいただきました。私もそうした交流のおかげで、それまでの餌釣りの垣根を越えて、フライフィッシングにも少し、ウイングを広げることができました。それだけに早すぎる逝去が惜しまれてなりません。今、もし西山さんがお元気なら、ふるさとの川でご自身が開拓されたミッジングの世界が広がっていくことをきっと応援してくれたことと思います。
冬の川は一見殺風景なようでも、川面に立って注意深く眺めると、様々な生き物の営みがあります。なかでも羽化した水生昆虫を狙って集まってくる越冬ツバメやハクセキレイ、オオバンの動きをよく観察していると、その時の風の強さや風向き、天気や気温、水量によって左右される水生昆虫の羽化のタイミングがよくわかり、フライを振るときにとても貴重な情報となります。
これはちょうど、カツオ船の漁労長が海鳥の群れを見つけて、カツオの魚群を探すのと似ているのかもしれません。
また、今年の年明け早々、思わぬ珍客が物部川に現れました。北からの使者オオハクチョウです。私も長年物部川に通っていますが、目にしたのは初めてでした。まだ、幼鳥なのか純白ではなく、多少グレーかかっていましたが、それでも人怖じする風もなく、ゆうぜんと泳ぐ様は絵になっていました。
絵になる光景を見ると人の心は未来に羽ばたくのでしょうか、私もオオハクチョウたちが泳ぐ光景を見ながら、ほんの数十年前まで、当たり前に川と海を行き来していたアマゴたちの本来の生活史を、たとえ放流という不本意な手段であっても、もう一度取り戻してあげたいと切に思ったことでした。
仁淀川や物部川でのアマゴの冬季釣り場の取り組みは、単に釣り人が冬場に釣りを楽しむためといっただけのことではなくて、自然が自らの力でゆっくりと自然を取り戻していくことに、人がどこまで心を傾け、寄り添っていけるかという、そんな壮大なドラマでもあるのです。
どうです。みなさんもこのドラマに参加してみませんか?
(仁淀ブルー通信編集部員 松浦秀俊)
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