2017.06.02知られざる仁淀川の宝石 サツキマスに会いに行く

知られざる仁淀川の宝石  サツキマスに会いに行く

若き釣り人の誘いで、5月の仁淀川下流域を訪れました。彼が狙うのはサツキマス。この、川と海を行き来する美しき魚体に、かつての仁淀川の姿を、そして来るべき仁淀川の姿を見てきました。

 風景を一変させる――そんな強い存在感を放つのがサツキマスです。
 なにしろ、釣りといえばコイやフナやナマズやアユが相場の、暖かい高知県の川の下流域で、北国の冷たく清らかな流れが似合う魚がいるのですから。
 その、まるでサケのような姿をまざまざと見たとき、私は「ここはアラスカ? カナダの川か?」と混乱しました。目眩がしました。

article085_01.jpg仁淀川のサツキマス。体長は30~40cmぐらいになる。

article085_02.jpgアマゴ(四国ではアメゴ)。一部の個体が先祖返りするかのように海に下り、サツキマスになる。

 仁淀川の中、上流域にはアマゴというサケ科の渓流魚がいます。日本の固有種であります。このアマゴ、人類が出現するずっと前にはサケのように川で生まれ、海に下って成長し、生まれ故郷の川に戻って産卵して死んでいたようです。しかし、いつの頃からか海に下ることをやめて川で一生を終えるようになりました。
 でもなかには先祖返りしたように海に下っていく個体が出現します。それがサツキマス。4~5月頃、産卵のため海から川に戻ってくるため、こう呼ばれるようになりました。

 そのサツキマスに魅了されているのが松浦鮎人さん。「鮎人」なんて、まるで釣りの小説か漫画の主人公みたいですが、その名の通り、29歳と結婚適齢期ながら、休日はもちろん朝夕のちょっとした時間も釣り三昧という、ちょっとやばいくらいの釣りキチであります。確実に婚期を逃しそうで、おじさんは心配です(笑)。

article085_03.jpg松浦鮎人さん。

 「だってこの高知県は、釣りには最高の環境ですから。」と鮎人さんはいいます。海の荒磯での大物釣りから渓流でのアマゴ釣りまで、いろんなジャンルの釣りが、都会の人にすれば信じられないくらい豊かな自然環境で楽しめるのだと。
 「海でも川でも、四国各地に遠征して、旬の釣りを楽しんでいます。」
 そんな彼の釣りカレンダーで、春の旬といえばサツキマス。しかしこの日は朝6時ごろから昼まで粘って1匹釣れただけでした。難しい釣りなのでしょうか?
 「たくさん釣れるという魚ではありませんが、遡上数が多ければそれなりに釣れる魚なんですよ。」

 実は、かつての仁淀川では、サツキマスは珍しい魚ではなかったといいます。春に、アユと同じように海から遡上してくるこの魚は、仁淀川の原風景の一つでした。しかし、この川の本流や支流にダムが建設されたことでサツキマスは激減します。川の流れが分断されたため、川の上流部で生まれ、海へと下り、沿岸部でイカナゴやイワシを食べて大型(30~40cm)になり、故郷の川を遡って卵を産むという生き方が不可能になったのです。

article085_04.jpg冬季アマゴ釣り場での放流(詳しくは2016.2.12配信の記事をご覧ください)

 けれども約7年前、仁淀川の支流である上八川(かみやかわ)川と小川(こがわ)川に「アマゴ冬季釣り場」が誕生してから、変化が始まります。この支流は仁淀川経由で海までひとつながりになっていて、ここに放流されたアマゴの一部がサツキマスとなって海へと下るようになったのです。しかしそれは副産物的なもの。かつての生息数にはまだ程遠いようです。

この美しき魚を、仁淀川の新たな魅力に

 これからの仁淀川での釣りツーリズムにおいて、サツキマスは重要な存在になると考えているのが我が仁淀ブルー通信の黒笹編集長です。この日は鮎人さんのサツキマス釣りの技を盗もうと(笑)、取材に同行していました。
 「姿が美しいし、釣りの醍醐味もある。われら川の釣りキチには素晴らしい相手。太平洋に面した明るく温暖な高知県で、マスを釣るという稀なシチュエーションも魅力的。一匹釣れるだけでも、大きな満足を得られる価値の高い魚です。なので、漁業資源をあまり圧迫しないエコロジーな釣りじゃないかな。仁淀川のサツキマスが有名になれば、これまでのアユ釣り師に加えて、新たな種類の釣り人が都会からたくさんやって来るでしょう。」

article085_05.jpg凛とした朝の大気に包まれて、鮎人さんからサツキマス釣りの手ほどきをうける黒笹編集長。

 もう、先例があるのですと、鮎人さんはいいます。
 「福井県の九頭竜川がそうです。アマゴの近縁種・ヤマメの降海型であるサクラマスの釣りでは、日本で一番有名な川になりました。」
 九頭竜川はもともとサクラマスの遡上で知られている川だったのですが、サクラマスの稚魚の放流や産卵床の整備、サクラマスが遡上しやすいように魚道を改良するなど、もともとの風土である「サクラマスが暮らす川」の姿を取り戻す活動が行われています。そして今では「サクラマスの聖地」と呼ばれるほどに。
 「冬季アマゴ釣り場がサツキマスの増加につながっているのですから、仁淀川本流へのアマゴの放流を増やすなど、人が少し手助けしてやれば、仁淀川だってサツキマス釣りのメッカになるかもしれない。」と鮎人さんはいいます。
 「アマゴがアユを食べてしまうという意見もありますが、いま仁淀川で問題になっている川鵜によるアユの食害に比べれば微々たるもの。それより、アユが遡上する春にサツキマスを釣る人たちが仁淀川に集えば、川鵜が怖がって川に近寄らないでしょう。」

サツキマスを釣ることは、川を旅し、川を知ること

 鮎人さんに釣り方を披露してもらいました。狙うのは早瀬の流れの真ん中あたり。
 リール付きの釣り竿を使い、小魚を模したルアー(擬餌針)を斜め下流に向けて投げ込み、扇状に流しながら巻き上げていきます。
 途中、竿先を上下にちょんちょんと跳ね上げながら、ルアーに動きを加えていきます。

article085_06.jpg鮎人さん愛用のルアー(擬餌針)。オイカワやアユなどを模している。

 「早瀬で波立っている辺りの底には岩があることが多くて、その岩がつくる流れの陰にサツキマスが潜んでいたりする。そういう場所の表層をルアーで誘っていきます。」
やっている動作は、全くの未経験者でも少しの手ほどきでできそうな内容。もちろん、ルアーや釣り糸などの道具、そしてテクニックには、工夫や経験が必要なのでしょう。

article085_07.jpg5月の仁淀川。新緑で山が笑っている。

 「サケは川を遡上し始めると餌を食べなくなるといいますが、サツキマスもそうらしい。餌を食べない魚を釣るわけです。頼りは彼らの反射ですね。海にいるときには小魚を食べていたので、そのころの記憶というか反射で、思わずルアーに飛びつくのでは。ほら、魚には手がないから(笑)、口でくわえるしかない。」
 私たちと遊んでくれるかどうかは、彼らの気分しだいといったところでしょうか。
 「この魚は、わけがわからないところがあります。今日は流心を攻めていますが、その脇のトロ場でドカンときたりすることもある。仲間と無駄話しながらなんとなくやっていると、ガツンと来たりもする。気まぐれで気難しい相手ですよ。でもそれだけに釣れたときの喜びは大きい。引きも強く、素晴らしいファイトをします。」

article085_08.jpg精悍なサツキマスの顔。

 私なりに感じたサツキマス釣りのもう一つの魅力は、一カ所に腰を据えないこと。
 この日は車で移動しながら4カ所の瀬でトライ。しかもそれぞれの瀬で、河原や川の中を数百メートル歩きながら、「ここにはいそうだ。」というポイントに鮎人さんはルアーを投げ込んでいきました。釣り+リバートレッキングであります。

article085_09.jpgこんな急流にも入って竿を振る。
article085_10.jpg腰まで浸かりながら、ポイントへと肉薄していく。

 取材している私と黒笹編集長はリバートレッキングのみでしたが、それでも満ち足りた一日になりました。
5月の大気は透明だし、肌の上を転がっていく風は夏ミカンの花の香りがしました。山を覆う照葉樹(スタジイやカシなど)は新緑の盛りです。空は高く、荒野のような広大な河原の先には青い流れ。波立つ浅瀬に閉じ込められた光の揺らめきに心奪われ、意識が身体から離れて川と一つになっていくような、不思議な感覚にもなりました。
 「これ、全部タダなんだよな。この素晴らしい川や、爽やかな風が。」と、編集長もすっかり癒されているようでした。

article085_11.jpgこんないい川、日本に何本あるだろう?

 そういえば、いつもはお馴染みの川鵜を一匹も見ませんでした。広い空間にたった3人でしたが、これほど恐れられるとは。今日の我らは魚たちの守り神だ。
 仁淀川の自然をあるべき姿に戻すなら、サツキマスは欠かせないピースの一つ。私はいま、強くそう思っています。

article085_12.jpg手には銀色に輝くマス。「北海道で撮ったんだ」と、だませそうな画像ですね。

◆サツキマス釣りには入漁料が必要です。購入先など詳細は、仁淀川漁業協同組合のホームページをご覧ください。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)
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