2017.03.10東京五輪での新競技が、仁淀川でも楽しめる!?

東京五輪での新競技が、仁淀川でも楽しめる!?

東京オリンピックからの新競技ということで、俄然注目を集めているのがスポーツクライミング。その一種目、「ボルダリング」が仁淀川でも体験できるという情報をゲット。でも、なんでクライミング(岩登り)なんて危ないことをする人がいるのでしょうね?

「日本人選手がワールドカップで優勝!」「東京オリンピックでのメダル期待!」などメディアでの露出が増えたことから、スポーツクライミングの認知度はじわじわと上昇中。
でも、「人工壁(手・足がかりを作った壁)が必要」とか、「スポーツジムみたいな室内のもの」だとか、つまりあれは都会の人がやるもんだと思っていませんか?「仁淀川流域のような田舎とは関係ないよね〜」と……。

言葉を分解してみましょう。「スポーツ」を外せば残るのは「クライミング」。それを訳せば「岩登り」。スポーツクライミングとは、自然の岩壁を登るアウトドアスポーツを、人工的な環境で競技化したものなのです。つまりそれは分家みたいなもの……なんて言うと偉そうですが、人間のさじ加減が入らない大自然の創造物・岩壁を登ることが究極の姿であることは、多くのクライマーが認めるところ。だいたい、都会では自然の岩場がないからクライミングジムに行くしかないのであります。

article073_img01.jpg仁淀川のカヌー&ボルダリングの先駆者、上田知毅さんと、愛犬ペツル。

ではクライマーたちが求めてやまない大自然の岩場はどこに……あるじゃないですか、仁淀川の水辺にゴロゴロと!
「いやー、最高です。ここはボルダリングの天国!」というのは、佐川町の西隣、須崎市在住のクライマー上田知毅さん。昨年の11月上旬に開催された「越知おいしいキャンプ・ウィーク」では人工壁を設置し、ボルダリングの伝道師として活躍していました。記憶している人も多いのでは?

article073_img02.jpg「越知おいしいキャンプ・ウィーク」で、上田さんが設置した人工壁。女性や子どもたちにも大人気でした。
article073_img03.jpgこの時、上田さんはロケットストーブでピザも焼いてくれてました。

ここでボルダリングについて少々解説を。これは大岩壁の長いルートを登るのではなく、高さが2〜3m程度の、例えるならゴミ収集車や小さな家ぐらいの岩「ボルダ—」を攻略していきます。子どもの頃、近所の石垣を登ったことがある人は多いと思いますが、ボルダリングはその大人版みたいなもの。そしてもう一つの特徴は、とてもシンプルでクリーンなクライミングだということ。小さな岩登りなので、ロープやハーネス(安全ベルト)といった安全確保用の道具は使いません。また、ハーケンなどを岩に打ち込まないので自然を傷めない。必要なのは岩登り専用の靴(クライミングシューズ)と、岩から地面に飛び降りるときにクッションになるマット、それから手にまぶす滑り止めのパウダーぐらい。とてもとっつき易いクライミングなのであります。

article073_img04.jpgほぼ日常着のような気楽な格好で難しいボルダ—を攻略する上田さん。ボルダリングは最も手軽な岩登りです。
article073_img05.jpgボルダリングに必要なものはこれぐらい。岩場でのグリップ力が抜群で小さな出っ張りにでも立てるクライミングシューズ(手前)は1万〜2万円ぐらい。クライミングマット(奥)も1万〜2万円ぐらい。相棒のペツルはプライスレス。

上田さんは子供のころから長きにわたってサーフィンを楽しんでいましたが、6年ほど前からボルダリングを含むクライミングの世界へ。ほどなくして、仁淀川をカヌーで下りながら岩(ボルダ—)を見つけては上陸、ボルダリングする喜びを発見しました。
「サーフィンって、出かけて行っても、いい波が立っていないとあまり楽しめないんですよ。仕事をして、家庭を持って、人生が自分だけのものじゃなくなってくると、波に合わせた生活って難しい。でも僕は自然が好きだし、刺激的に遊んでいたい。それで、クライミングはどうだろうとなった」
そんな彼の仁淀川ボルダリングに同行してみました。

article073_img06.jpg本村キャンプ場〜日ノ瀬清流公園までの区間には、こんな急流も。川でも岩でもドキドキできるコース。

スタートは本村キャンプ場の河原。カヌーに荷物を積み込んでいるあいだ、上田さんの相棒「ペツル」が嬉しそうに広大な河原を駆けまわっています。ここから日ノ瀬清流公園までの約6㎞には、仁淀川下流域としては最もきつい急流が2か所。それだけ深く浸食された谷だけに大小さまざまな岩場が点在しているのです。上田さんの「行くよ!」という声に反応したペツルが猛ダッシュで駆けて、軽い跳躍でカヌーに乗り込み、川と岩の一日が始まりました。

article073_img07.jpg岩壁を前に、どのホールド(岩肌の凸凹)をどのように掴んだり足をひっかけたりするか、身体の動きをイメージしていく。ボルダリングでは登る前のこれが肝心で、「身体を使ったチェス」と例えられることも。

間もなくリバーライト(川下り用語:下流に向かって右岸)に白い岩壁が見えてきました。何年か前に崩れてできた岩場で、いくつものボルダ—が川面近くに押し寄せている。砕けた岩の鋭い断面が、この場所の歴史の浅さを物語っています。
「石灰岩ですね、ここは良さそうだ」と上田さん。複雑に積み上がった岩場に苦労しながら上陸し、登れそうな、そして手ごたえがありそうな岩とルートを探します。
「この岩のルートに名前はあるの?」と上田さんに訊くと、ないとのこと。そのとき、はるか頭上、岩壁のてっぺんから1羽のミサゴが飛び立ちました。
「オスプレイズ ネスト(osprey’s nest/ミサゴの巣)はどうだろう」となり、無事登れたら命名することに。
「最初に登った人がルートに名前を付けられるんですよ、クライミングの世界では」そう言って上田さんは岩の小さなでっぱりに指をかけ、つま先をのせて登り始めました。その動きはよどみなく、優雅でさえあります。スパイダーマンが現実にいればこんな感じなのかな?

article073_img08.jpg滑り止めをまぶした指で、小さなホールドをつかむ。体力と同時に、頭脳も駆使するのがボルダリング。

クライミングの世界では、登るルートにグレード(難易度)がつけられています。ボルダリングでは「級・段」で表記されていて、10級から始まって1級にむけて難しくなり、初段、2段……と続いていきます。
「クライミングジムなどにある人工壁で、例えば5級が登れても、自然の岩場の5級を登れるとは限らない」と上田さんはいいます。
「自然の岩場では緊張しますからね。万が一落ちたら、たとえ落下点にマットをひいていても怪我するかもしれない。そんな考えがよぎると、身体が動きにくくなるので」

article073_img09.jpg仁淀ブルーとボルダリング、なかなかフォトジェニックです。

しかし、そもそもなんで、この世の中に、怪我をするかもしれない岩登りなんてものに魅了された人たちがいるのでしょう?
「〈怖い〉ということを感じさせてくれるから、ですかね」と上田さんはちょっと哲学的。でも、つまりは面白くてしょうがないから、なのでしょう。「なぜ」と真剣に理由を考えることになるのは、それを止めるか止めないかの決断を迫られたとき。30代前半の上田さんにはまだ早い。
しかし、今年で50歳になるわたくし大村は、かつて、大自然での冒険の日々を終えるときに「なぜ」と自問したことがあります。なぜ一人でヒマラヤの6000m峰を登ろうとしたのか? なぜアラスカの海をカヤックで2カ月間単独航海したのか? その答えは、「自分の運命を100パーセント自分が握る快感」と「何かから達成感を与えられるのではなく、自分が達成感を創造できるから」でした。

article073_img10.jpg滑りやすい、オーバーハングのボルダ—に挑む。上田さんは初見で制覇。世界初登頂だ!

この日、仁淀川を下りながら上田さんが登ったボルダリングルートは三つ。最後の一つは、冬の減水によって現れたボルダ—でした。
「今しか登れない岩ですよ、これは。絶対誰も登っていないと思う」
水面下だったときに岩の表面を覆っていたヌメリの名残か、少し滑りやすい岩肌に戸惑いつつも上田さんはボルダ—のてっぺんに。そして「大村さん、ここ最高ですよ!」となんだかとてもいい声で叫びました。

article073_img11.jpg遠くの、高くて、有名な山に行かなくても、近くの仁淀川の名もない岩で心が解放されるようなクライミングができるのです。

それは、たぶん、川辺の道路から見下ろしたときとあまり変わらない仁淀川の姿でした。でも、ずっと川面をカヌーで下って来た僕らには実に新鮮な景色。5mぐらいしか登っていないのに、すごく高いところに立った気分です。
にしても、上田さんはえらく興奮していました。
「ちょっと視線を変えるだけなのに、すごい発見ですよね、すごい景色の見え方ですよね!ここ最高だなあ、自然しか見えない!」
同じものを見ているのに、岩との真剣勝負のすえにこの場所に立つ彼と、楽な裏道を登った私とでは、感じ方がまるで違っていました。彼は感動を自ら創造したのです。正直、私はちょっと悔しかった。もうちょっと体をしぼって、この春から仁淀川のボルダリングを始めようかな。

ちなみに、ボルダリングに興味を持ったら、クライミングジムや経験者から初心者講習を受けるのが近道。とはいえ、独学でもなんとかなります(上田さんもそうでした)。ハウツー本やYou Tubeを見ながら、落ちても平気な小さな優しい岩から始めるといいですよ。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)
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