2017.02.17アナがあったら入りたい・・・

アナがあったら入りたい・・・

アナがあったら入りたい…というのは恥ずかしい失敗をやらかしたときの気持ちですが、生き物はみな、基本的にアナ好き。というより、アナなしでは生きていくことができません。

先日、仁淀川に匹敵する清流として知られる島根県の高津川へ行ってきました。
第一印象は「そそるなあ~。釣り師にはたまらんねえ」。
釣り師にとってそそる川とは、もちろん魚が釣れそうな流れのことです。
では、釣れそうな流れとはどんなものなのか?
それは、生き物を育てるポテンシャルが高いこと。
魚の餌になる石の付着藻類や水生生物、昆虫やミミズなどがたくさんいて、流域には生命の循環に欠かせない元素(ミネラル)を絶えず供給してくれる落葉広葉樹の森がある。
そういう川が、魚の釣れそうな「そそる川」です。
つまり「そそる川」とは生物多様性が高い川のことなのです。
たとえば、このところ資源問題が取りざたされているウナギ。問題は商品経済の大きなターゲットになってしまったことによる乱獲ばかりではなく、良好な生育環境、具体的に言うとウナギが安心して身をひそめることのできるアナや、遡上のステップとして必要な凹凸が減っていることも大きな原因です。

article_07002.jpgそそる川は底石が砂で埋まっていない。

釣り師がまず覗くのは、透明な水ごしに見える川底です。石が土砂で埋まっておらず、見るからにでこぼこしている。つまりボーン、キュッとした色気のある川底かどうか(あくまで釣り師の美意識です、すみません)。
そそる川は護岸もコンクリートで固められておらず、土地の地形や地質に合わせて自由に曲がり、荒瀬、淵、浅瀬と流れにもメリハリがあります。
こうした川は水位の極端な変動もないので、川岸ぎりぎりまで植物が生え、根がしばしば水の中まで伸びています。つまり緑が滴っています。
汚れを分解するフィルター作用と、水温を安定させる効果がある伏流も、石や砂の隙間から静かに湧き出ています。
あらゆる生き物は、大小無数の凸凹や隙間、つまりアナを直接的・間接的に利用して生きています。
このような自然のことを、生態学では「多孔質環境」といいます。

article_07003.jpg醤油づくりの木桶も多孔質環境。

多孔質環境が大切なのは野生生物ばかりではありません。 
たとえば醤油や味噌などの発酵食品に欠かせない微生物。彼らも、蔵の柱や土壁、そして木桶の材の中の微細なアナを利用しています。
蔵付き酵母という呼び名があるように、かつて発酵食品の味を決めていたのは、蔵の多孔質環境の中で世代を重ねてきた微生物たちでした。
表面がつるんとしたタンクを使う近代醸造は、基本的には「菌には悪さをするものが多い」という性悪説に立っています。無菌状態に整えたうえで、そこに乳酸や酵母を添加して発酵を安定化させます。
一方、昔から使い込まれてきた木桶は、組織の中のアナというアナに、すでにおびただしい数の微生物が棲んでいます。長い歴史の中で、醸造に役立つ菌が蔵の微生物環境全体をコントロールしているので、原料を入れるだけでスムーズに発酵が始まります。
近年、そうした木桶仕込みの原理が再評価され始めています。


生きものはみんな多孔質環境が大好き。木の手触りがなぜか心地よく感じられるのも、電車に乗るとついコーナー側の席に座るのも、アナ…すなわち狭い空間に安心を感じる生き物としての本能かも知れません。
アナタも身の回りのアナを観察してみませんか。

(仁淀川資源研究所所長 かくまつとむ)
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