2016.11.18仁淀ブルーを旅する・5「川を下って、太平洋へ」

仁淀ブルーを旅する・5「川を下って、太平洋へ」

仁淀川は下流になっても自然豊か。そこはときに日常からの隠れ家になり、癒しを与えてくれます。「水辺の駅あいの里仁淀川」から海を目指して、カヤックを漕ぎ始めました。

川面に浮かべたカヤックに乗り込むと、いつものように、自分のなかで何かが切り替わります。それはたぶん、カヤックに乗ったときの〈視線の低さ〉のせいなのでしょう。


〈川面に浮かぶ〉と書きましたが、カヤックに乗るとお尻は水面より下に。つまり目の前に広がるのは、川面の70~90cm上から見た世界。カモなど水鳥よりはましですが、川船を操る漁師ほど遠くを見渡せないのです。急流が迫ってもその様子は分からず、ただ「ゴー」という瀬音が大きくなっていくだけ。我が愛犬は川下りに慣れるまで、瀬音が聞こえてくるたびに震えていたものです。

article_05702.jpgこれはカヤックではなくカナディアンカヌー。瀬では木の葉のようにユラユラと。

視線が低くなると、自分の存在が小さくなっていくような――もしくは、周りを囲むものが大きくなっていくような気分になります。流れに浮かぶ木の葉みたいな頼りなさと、大自然に抱かれる心地よさが、川旅では交互にやって来る。それは、岸辺から仁淀川を見渡すだけでは得にくい感覚でしょう。

article_05703.jpg名越屋沈下橋をくぐる。

カヤック(カヌー)やラフトボートならではの体験といえば、まず〈沈下橋をくぐる〉でしょうか。沈下橋を歩いている人が手を振ってくれたりすると、ちょっといい気分。それから、自分だけの仁淀ブルーを発見できるのも魅力的。仁淀川では、川底から水が涌く場所がいくつもあり、そこでは驚くほど水が透明です。だから海まで美しい流れが続くのでしょう。

article_05704.jpg仁淀川は下流域でも、所々に仁淀ブルーが。

伊野の市街が近づいてくると、仁淀川の幅は広がり、大河の風格に。しかしその右岸、日高村の岸近くを漕いでいけば、ジャングルのような細い流れに入ります。この風景に出会えるのも、川を下る人の特権です。

article_05705.jpg仁淀川には珍しい密林の川面。伊野市街の少し上流、日高村側にある。

大自然の景観だけでなく、人と川との関係が見えてくるのも川下り。これは仁淀川に限らないのですが、下っていくにつれ、岸辺が緑の山肌からコンクリートの護岸に置き換わっていきます。それは、川面の私たちにとって興ざめな景色。まるで人間社会が川に尻を向けているようです。川下りを仁淀川観光の柱にするなら、今後の岸辺の公共工事では、川からの視線を持つことが大切ではないでしょうか。

article_05706.jpg伊野市街が近い。国道33号線の鉄橋が見えて来た。

伊野の市街を過ぎると、まもなく八田堰。江戸時代初期、土佐藩家老・野中兼山の策により、春野地域の灌漑のために造られました。現在の堰はギロチンのように川面を断ちますが、この江戸時代から続く堰は石を緩やかな傾斜で積み上げた構造。堰の表面を、流れが波立ちながら走っていきます。そのため、川の生き物たち(アユ、サツキマス、テナガエビ、ツガニなど)は自由に往来できる。仁淀川の生態系の生命線みたいな堰なのです。

article_05707.jpg仁淀川名物「ツガニ入りのうどん」を味わえるのも、八田堰が川の生き物の往来を妨げないから。

川は下流に行くにつれ、海が近づくにつれ、俗世にまみれていくものですが、八田堰から下流の仁淀川は、逆に人の気配が薄くなる。砂利の河原は大きく広がり、仁淀川は枝分かれしながら緩やかに蛇行していきます。それを挟む河畔林の向こうにあるのは、土佐市街の賑わいや春野町の田園。しかし、この辺りの仁淀川を占めているのは荒野の寂寥感です。

article_05708.jpg広い河原と焚火とビールがあれば幸せな川下り仲間たち。

遠くに海の気配を感じる河原に上陸してキャンプ。雨の心配はないので、テントを使わず、たき火を囲み、星を見上げながら眠るスタイルで。西部劇のガンマンの野宿みたいに、無頼を気取って。
現代社会の便利や快適さを遠ざけると、なぜ気分が良くなるのだろう?
川旅の相棒は、「この瞬間だけでも、人生を自分のものにしている感じがするのだ」なーんてことを言ってたっけ。

article_05709.jpgまもなく夜明け。朝陽が目覚まし時計の替わり。

頬に明るさを感じ、朝焼けと共に目を覚ます。白く燃え尽きた灰の中から小さな熾火を見つけ、炎を育て、鍋に水を注いで火にかけます。
太平洋まであと少し。水温が下がる晩秋のせいか、長い旅路を経ても仁淀川はまだ澄んでいました。

article_05710.jpg仁淀川と海が出会う場所。

朝の気配が残る静かな青空のもと、ついに、川が海に消える場所へ。
仁淀川は最後に、幾重にも押し寄せてくる大きな波になります。
音を立てて崩れ落ちるその姿は、仁淀川が「じゃあまた」と手を挙げ、さよならしているように見えました。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)
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