2016.10.28仁淀ブルーを旅する・4「親と子とカヌーと」

仁淀ブルーを旅する・4「親と子とカヌーと」

カヌー(またはカヤック)での川旅の本場といえば、太平洋の向こうにあるカナダ。その第20・22代首相はかつて、〈カヌーで川を旅することは特別な経験である〉という趣旨の言葉を残しました。その意味は?

今年の5月に開催されたG7伊勢志摩サミット。その参加国のリーダーのなかで、ひときわ注目を集めていたのが現カナダ首相、ジャスティン・トルドー(44歳!)とその奥さんでした。若い美男美女カップルということでメディアの取材も多かったようです。

が、私は別の意味で彼に驚かされました。それはジャスティンが、第20・22代カナダ首相であったピエール・トルドーの息子だったから。
ピエール・トルドーは、英仏二か国語を公用語にするなど『多文化国家』カナダの礎を築き、数々の優れた業績を残した政治家です。
しかし私にとっての彼は、伝説のパドラー(カヌーやカヤックを漕ぐ人をこう言う)。カナダ北極圏を流れる原野の川を舞台に、日本の市民感覚からすると「大冒険だ!」というカヌー旅をしてきた男なのです。人々がカヌーを漕ぎ、川を下ったり遡ったりして開拓した国、それがカナダ。カヌーの冒険野郎が首相になるのも、お国柄なのかもしれません。

article_05402.jpgこんな、カナダ北極圏の原野の川でピエール・トルドーはカヌーを漕いだ。

幾多のカヌー旅を通じて、ピエール・トルドーはいくつかの言葉を残しました。なかでもよく知られているものがこれです。
「列車で1000マイルを旅しても、ロクデナシはロクデナシのままだし、自転車で500マイルを走破してもブルジョアはブルジョアのままだ。でもカヌーを漕いで100マイル旅すれば、おまえはもう大自然の子になっている」(大村訳)(100マイル=約161㎞)

誰もが大自然の子になれるかどうか、私にはわかりませんが、『カヌーで川を下るだけで、親子はもっと親子になっていくのでは?』という経験をしたことはあります。

article_05403.jpg犬でも、よい川かどうかはわかる。仁淀川に来ると福ちゃんは上機嫌。

あれは初夏、遠くの都会で暮らす甥のタケちゃんと姪のハルちゃんの家族が仁淀川をカヤックで下るというので、私は彼らをガイドすることに。

川下りは、浅尾沈下橋から始めることにしました。ここから下流は、経験豊富なパドラーに案内してもらえば、親がカヤック初心者でも子連れで川下りできる区間。私とハルちゃん、妻と私の妹、義弟とタケちゃんがそれぞれカヤックに乗り、総勢3艇でエメラルドグリーンの川面へ。
浅尾沈下橋を過ぎると、いきなり大きな瀬です。前日の雨のため川の水量は多め。高さ1mぐらいの白い三角波が30m以上続いています。
「ねえヨッシー、ひっくり返らない!?」とハルちゃん。
「大丈夫だよ、おじさんは上手いんだから。でも油断するとハルちゃんは川に落っこちるかもな」
「どうするの!」
「福ちゃん(犬)の真似をして、身体を低くしてカヤックを掴みな」
するといいタイミングで、カヤックの舳先に立つ福ちゃんが振り返りました。言葉が分かるのかなあと笑うハルちゃん。カヤックは荒瀬への流れに乗り、スピードを上げていきます。福ちゃんが伏せて、前足でカヤックを抱え込んだ。

article_05404.jpg福ちゃんの、激流でのポジション。

どーん。白波がぶつかり、カヤックは持ち上げられ、その舳先は空中に飛び出していきます。ハルちゃんの身体が一瞬浮きました。そして歓声!
穏やかな川面にたどり着き、パドルを大きく漕いでカヤックをぐいと回転させて、舳先を上流へ。お手玉のように波に弾かれる義弟とタケちゃんのカヤックが見えました。

article_05405.jpgこれは浅尾沈下橋下流の瀬の、次の瀬。結構やばくてワクワクする状況だ。

「ヨッシーはなんでカヤックが上手なのかなあ~」と、ハルちゃんが独り言みたいにつぶやきました。早瀬の音にかき消されそうだ。
「カヤックは難しくないよ。ハルちゃんは川を怖がらないしさ、ちょっと練習すれば、すいすい川を漕いでいけるさ」
みんなで河原に上陸し、一休みしているとき、ハルちゃんは一人カヤックに乗って漕ぎ始めました。ヨッシーみたいにカッコよく漕ぎたくなったのかな?

article_05406.jpg誰も来ない広い河原がきもちいい。
article_05407.jpg昼飯が、いつもより美味しい、仁淀川。

河原でのランチのあと、今度はタケちゃんと組んで川下り……なんだけど、最初、タケちゃんが握るパドルはただの飾りでありました。それは、流れの緩やかな瀞場では水面を履いているだけ。急流に入るとタケちゃんは案山子のように固まり、パドルは空中で真一文字になっていました。
「緊張してる?」
「こえーよ、瀬は。流れ速いしさ」
次の瀬の轟音が聞こえてきました。
「じゃ、リラックスさせてあげよう。福ちゃん、伏せ!」と舳先に立つ愛犬に声をかけ、私はカヤックをコマのように回転させながら瀬に突入しました。ヤバイ、ヤバイよヨッシー、岩が、ああぶつかる!と、大げさに騒ぐタケちゃん。漕ぎがいがあるなあ~。でも、ふざけた下り方でも転覆しないことがわかり、タケちゃんは安心したようです。
「瀬の波の大きさにビビりそうになったら、その波をぶっ潰すつもりで波にパドルを刺す、そして漕ぐんだ。そうすればカヤックはグッと進んで、瀬のなかでも安定する。カヤックを2人で漕ぐときは、前の人がエンジン役で、後ろの人が舵をとるからな。なので、オレが『漕いで!』と言ったら一生懸命パドルで川の流れをキャッチしてくれ。そして無事に瀬を突破したら、グータッチでイエイ!だ」
「グータッチ(笑)、いいなあ」
そしてこの日最大の急流、上八川川の流れ込みにある出来地の瀬が迫ってきました。
「すごい音がしてる。でも何も見えないよ」
「瀬が急な角度で下っているから、直前になるまでその様子はわからないんだ」
「見えた、わー!すごい波だよ」
「パドルを波にぶっ刺せよ!福ちゃん伏せ!行くぞ!」
「うわ、うわー!!」
タケちゃんにとっては、滝を下っているような大冒険だったかもしれません。瀬を突破した後のグータッチを、彼はすっかり忘れていたから。

article_05408.jpg仁淀川はいいなあ by 福ちゃん。

水量が多めだったせいか、この日は意外な場所に危険な波や流れが出現していました。川の底から水面へとマグマのように湧き上がる巨大な『ボイル』がカヤックを転覆させようとしたし、橋脚近くでは巨大な渦も発生。
「あの渦に入ったらどうなるの?」とタケちゃん。
「救命胴衣を着ていても、飲まれていくよ」
「飲まれたことがあるの?」
「似たような経験はある。足を引っ張られるように沈められて、上を見ると水面が遠ざかっていって、それが何だか綺麗でさ(笑)。そして、川の底をちょっと走ったら、不意に浮かび上がった、」
それは面白い体験でしたが、沈んでいる丸太や岩に体の一部が挟まっていたら大惨事になるところでした。
「だから、こんな場所では気を抜かない。ぜったい、ハルちゃんやタケちゃんを川に落とさないよ」
カヌーやカヤックでの川下りにはいろんな危険が潜んでいます。でも、危ないからこそ生まれるものもある。荒瀬を一つクリアするたびに、川を下るメンバーたちは気持ちのやり取りをして、少しずつ心を強くしていきます。そして、一緒に冒険してきた連帯感に包まれ、相手と自分との関係が、昨日とは少し違ったものになっていくのです。

article_05409.jpg無人島、制覇したぞー!

太陽が傾き、腹がひどく減ったころ、私たちは水辺の駅あいの里の河原にカヤックを引き上げました。急に言葉が少なくなるタケちゃん。無言の抗議。
タケちゃん、ハルちゃん、オレももっと下っていきたいよ。ここから30㎞先、この仁淀川が終わり、海が始まる瞬間まで。そして大海原を見たとき、君たちがどんな表情になるのか、知りたいなあ。

article_05410.jpg忘れられない思い出になったかな?

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)
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