2016.08.12仁淀ブルーを旅する・2 「天界集落のサイクリング」

仁淀ブルーを旅する・2 「天界集落のサイクリング」

仁淀ブルーが生まれる筒上山から始まったこの連載、今回は少し目先を変えて旅を続けます。題して、「天界集落のサイクリング」。仁淀川流域には川面以外の絶景もあるのです。

仁淀川の中上流域では、山並みの中腹や尾根に集落が点在しています。都会人の感覚だと「なんであんな不便な所に」と驚く光景でしょうが、この地域の仁淀川のそばに広い道路ができる(つまり自動車が普及する)まで、暮らしの中心は天界の集落にありました。川面をはるか下に望みながら、人々はここで農業に励み、モノを作りました。そして商いも、物流も、文化も発展していったのです。

article_04302.jpg地図は、国土地理院ホームページの地理院地図(電子国土Web)からプリントアウト可能です。自動車用のロードマップは役に立ちません。

この天界の集落とそれを結ぶ古い街道は、サイクリングコースとして実に魅力的。代表的なのは、仁淀川町の長屋集落から坂道を上り、鹿森~桜~中村~寺村~深瀬~薬師堂~本村をへて越知町の仁淀川へと降りていく約30㎞。そのうち、今回は仁淀川町役場がある大崎から坂道を上り、中村~寺村~薬師堂をへて仁淀川辺の筏津へ降りていく約15㎞を選びました。休憩をふんだんに入れながら、のんびりとしたペースで3時間ほどのコースです。

article_04303.jpg中村の茶畑と棚田。

最初にたどり着く天界の集落は、川面から約300mも上った中村。見事な茶畑と棚田が目に飛び込んできました。石垣の石はどこから運ばれ、どのように積んでいったのか……エジプトのピラミッドに負けぬ構造物です。機械のない時代、傾斜のきつい山肌に人力で平地を築いた技と知恵に脱帽!

article_04304.jpg中村から寺村への途中で。

ところどころで、眼下に仁淀川が。この付近は峡谷地帯で、川辺に平地が少ない。山肌が急とはいえ、比較的平らな場所が点在しているため、天界の集落ができたのでしょうか……などと想像していたのですが、寺村の集落(下画像)を見て、謎は深まってしまいました。

article_04305.jpg寺村。

なぜ急な山肌にこれほどの規模の集落ができたのか? 同じ四国にある秘境・徳島県の祖谷地方に負けない景観です。織田信長との戦で自害した武田勝頼(武田信玄の四男)が実は落ち延びて、仁淀川町の山里で暮らした伝説があり、寺村には彼の三男(武田正晴)の墓所もあります。隠れ里的な集落だったのでしょうか? また、明治から大正にかけては、この集落の半数近くの家が紙漉きを生業にしていたそうです。

article_04306.jpg天界の集落ではお茶の栽培が盛ん。
article_04307.jpg深瀬。

運動不足のせいか太腿がつりはじめたころ、深瀬に到着。仁淀川流域にこんなに空高い風景があるとは! 寺村と打って変わり、高原の集落です。ここで私は、人間の暮らしに必要な基本条件を見た気がしました。それは平らな土地があり、陽の光が豊富で、水が得られること……「山の上は不便」なんて、人間本来の感覚にはなかったのかもしれないなあ。

article_04308.jpg薬師堂。

高原地帯でさらにペダルを踏み込み、薬師堂という名の集落へ。ここはかつての松山街道の要衝で、幕末には岩崎弥太郎(三菱の創始者)やジョン万次郎なども足を休めました。明治2~3年、隠れキリシタン116名が長崎から高知の牢獄へ護送されたときは、薬師堂の山本虎吾邸で休息をとったそうです。山本虎吾は、弾圧されても心穏やかな隠れキリシタンの姿に、信仰の重みを考えずにはいられなかったといいます。その後、虎吾はキリスト教に入信、地域で布教活動を始めました。そして村長や助役を含めた約20名の信者たちは、明治39年に薬師堂に小さな教会を建てたそうです。残念ながらその痕跡はもうありませんが……。

article_04309.jpg筏津への長い下り。

薬師堂から筏津へは、走っても走っても続く下り坂に、思わずほおが緩んでいきます。仁淀川の川面がどんどん近くなり、筏津でゴール。「筏」とい名のとおり、昔は上流から流してきた材木をここで筏に組んで、さらに仁淀川を下っていったそうです。次回はこの辺りから、いよいよ川面の旅を始めてみましょうか。

(仁淀ブルー通信編集部員 大村嘉正)
●今回の編集後記はこちら 

■天界集落のサイクリング情報
★ロードバイクやマウンテンバイクなど、12段以上の変速機が付いた自転車向けです。下りではかなりスピードが出るので、ブレーキの効きが悪いと危険です。
★車で自転車を運んでくる場合、仁淀川中流域では駐車スペースに限りがあるので注意。仁淀川の下流から上流にかけて、〈本村キャンプ場〉〈宮の前公園〉〈筏津ダム上流の橋のたもとに数台分のスペース〉〈仁淀川町の田村多目的グラウンド駐車場〉などで駐車できます。
★下りは天国上りは地獄のこのコース、バリバリのサイクリストでなければ、歩くぐらいのスピード(時速5㎞ぐらい)で計画をたてるのがポイント。のんびりと休憩を取りながら余裕のサイクリングになるでしょう。